2019年4月30日~2019年5月7日
10連休が明けました。多かれ少なかれ働いていた人は多かったかと思いますが(御多分に洩れず私もですが)、いずれにせよ、通常業務に復帰です。
官公庁は閉じていて、ニュースは少なめです。
★博士号でも生活困難 非常勤から抜け出せない「貧困ポスドク」の実態
https://www.moneypost.jp/533527
ポスドクの定義からすると、非常勤講師の方々はポスドクではないのですが、それはともかく、深刻な問題です。
色々なところで指摘されていますが、非常勤講師の賃金が、他の大学などで職を持っている人たちの謝礼程度しかなく、専業非常勤講師という存在を考えていなかったこと、学部教育の基幹を非常勤講師に頼るという大学の知的衰退、そして新卒一括採用や年功序列といった日本の雇用システムなど様々な要因がこの問題を引き起こしています。
非常勤講師問題は主に人文社会科学系の問題です。
人文社会科学系の問題は、「平成」の前半、いやそれどころかオーバードクター問題が深刻化した35年前から指摘されていたことです。
その頃はまだ、のちにロスジェネ、就職氷河期世代と重なる第二次ベビーブーム世代の教育需要増や好景気がありました。初等中等教育の教員や予備校の講師といった職があり、選ばなければなんとかやっていくということもできました。
しかし、こうした職は非常勤化していき、先細っていきました。
人文諸学の再興(と、多少はそこで食っていけるはずの人々)のために
http://blog.talktank.net/2019/04/blog-post_21.html
生命科学には、狭義のポスドク問題があり、他の分野に増して厳しい状況と言われています。そして、それも含めて、生命科学という学問分野自体に大きな問題があります。
★衝撃! ”生命科学クライシス-新薬開発の危ない現場”
https://honz.jp/articles/-/45180
生命科学クライシス リチャード・ハリス著
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO44129200U9A420C1MY7000/
激しい競争の中、再現性のない、意味のない研究が行われているという問題です。
カセイケン代表の榎木も、かつて「嘘と絶望の生命科学」(文春新書 2014年)という本を書いたことがありますが、ポスドク問題や研究不正も含めて、文字通り絶望してしまいそうな状況です。
ポストや予算を得るための無意味な研究が、国の予算で行われているとしたら、とうてい社会からの信用は得られれないでしょう。
ポスドク問題も2000年代にはすでに顕在化していました。
しかし、問題の根本解決には至っていません。問題がどこにあるのかの認識は共有されつつあるように思いますが、道のりは簡単ではないようです。
★日本の科学技術、その復興に向けて 〜「基本問題小委員会」とりまとめ(1)
https://ameblo.jp/japanvisionforum/entry-12457857121.html
自民党科学技術イノベーション戦略調査会「科学技術基本問題小委員会」(船田元委員長)のとりまとめ文書。
「委員会開催中は、基礎研究の重要性に対し懐疑的な議員から批判的発言や欠席が相次ぐなど、会の存続自体が危ぶまれる時期もありました」
とのことで、政権与党内でも問題が共有されているわけではなさそうです。
日本の科学技術、その復興に向けて 〜「基本問題小委員会」とりまとめ(2)
https://ameblo.jp/japanvisionforum/entry-12457879490.html
★大学への交付金、膨らむ傾斜配分 財務省「論文費用はドイツの1.8倍」 国立大側は反論
https://www.asahi.com/articles/DA3S14000124.html
国立大研究力低下の背景 教員人件費4割で減少
鎌倉女子大学教授 山本清 外部資金獲得力に差/個別の特性考慮を
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO44408020S9A500C1CK8000/
各方面からの指摘がありますが、人への投資がおろそかになっていることが諸問題の根幹にあります。予算総額で議論することは問題解決に繋がりません。人への投資が疎かになっているという問題の共有はまだまだのようです。
結局のところ、非常勤問題やポスドク問題も含めた諸問題が解決しないのは、解決することで損をしてしまう人たちがいるからです。
メンバーシップ型、ジョブ型の議論にも通じますが、一度メンバーになった人たちは、メンバーであることで得られる特権をそう簡単に手放しません。非常勤講師やポスドクに私の常勤職をあげますから使ってください、などという人はほとんどいませんし、雇い止めができる非常勤講師やポスドクを便利に使ってきた人や組織に、問題を改善しようという意欲はわきません。
それは私とてそうです。たしかに大学の常勤講師の職を捨てましたが、医師(病理医)であることは捨てていないので、特権を享受していると言われたらその通りです。もちろんジョブ型の仕事である医師ですから、15年やってきた病理診断という武器を手に生き抜いていこうとは思っています。しかし、それは医師という資格を得なければできないので、医師というメンバーのなかのジョブ型という感じです。
メンバーになった人は、メンバーになるまでの競争を勝ち抜いたという意識はあるでしょう。非常勤講師やポスドク、オーバードクターを経て常勤になった人はとくにそう思うでしょう。せっかく苦労して手に入れた地位を手放したくないのは当然ではあります。
若手研究者のことに言及するのは、ノーベル賞を受賞し、絶対的に地位が脅かされない研究者たちばかりであって、「並」の常勤研究者たちから、非常勤講師問題やポスドク問題に関する発言をあまり聞かないのは当然と言えるでしょう。
しかし、競争に参加する資格を得るためには、生まれた家庭環境を含めたさまざまな偶然が作用します。決して完全にフェアな競争ではありません。
平均年収186万円、日本に930万人いる「アンダークラス」とは
https://www.moneypost.jp/531369
人への投資や研究費の投資が特定のメンバー(常勤のシニア研究者)への投資になってしまえば、メンバーになれなかった非常勤講師、ポスドクにとっては格差が拡大してしまいます。
メンバーを増やせば解決する部分もあると思いますが、メンバーを無限に増やせるわけではありません。
結局のところ、さまざまな問題は世代交代を待つしかないのかもしれませんが、それでは遅すぎますし、世代だけでなく同世代のなかにも断裂があるので、なかなか問題が解決しません。
問題解決が財政破綻という「ハードランディング」でしかできないとしたら、それは悲しいことですが…。
大学や学術の体制が変わらないのなら、その「外」に出て行くしかありません。
★How China is redrawing the map of world science
https://www.nature.com/immersive/d41586-019-01124-7/index.html
Nature誌は中国の「一帯一路」政策について特集しています。
先週記事をピックアップしましたが、中国は日本を含めた世界から人材を集めていますし、さまざまな国の若手研究者を中国で教育し、国に送り返すことで、親中国の意識を持つ研究者を生み出そうとしています。
★幻の科学技術立国:第4部 世界の潮流/4 トップの頭脳、中国へ招致 「千人計画」の実態 任期なく桁違い年俸提示
https://mainichi.jp/articles/20190425/ddm/016/040/025000c
これは1960年代のアメリカやそれ以前のヨーロッパが行ってきたことで、2000年代にはこうした人材の教育を積極的に行う国がなかったので、基本的に歓迎すべきというのがNatureのスタンスのようです。
もちろん関係国を債務漬けにするという問題が生じており、手放しで喜べない状況ではありますが、科学の中心がアメリカから中国に移行しようとする流れのなかで、その流れに乗るという戦略はあると思います。
★中国の科学論文シェア急上昇 米国と「2強」に 日本は急落、3位が2領域だけ
https://mainichi.jp/articles/20190505/k00/00m/040/238000c
「外」は国の外だけではありません。アカデミアの外にも活路はあるはずです。
無駄で無意味な研究をするアカデミアの生命科学に背を向け、真に関心のあることを在野で行うDIYバイオという方向もあります。バイオだけでなく、さまざまな領域で在野研究、市民科学を行う環境は整いつつあります。そこには競争も年功序列もありません。
「中」からはなかなか変わらなかった日本。明治維新や敗戦などのハードクラッシュが既得権益を壊しましたが、「外」に出るという「ソフト」な行動でも、変えられる部分はあると思います。
財政破綻という「ガラガラポン」に備え(期待し?)つつ、「外」に出て新たな道を築いていく…。具体的行動が重要です。
★US science academy leaders approve plan to expel sexual harassers
https://www.nature.com/articles/d41586-019-01397-y
★エボラ出血熱の死者1000人超える、コンゴ民主共和国
https://news.yahoo.co.jp/pickup/6322412
エボラ出血熱、死者1千人超す 現地は医療施設の襲撃も
https://www.asahi.com/articles/ASM544FGKM54UHBI00X.html
‘The world has never seen anything like this’: WHO chief on battling Ebola in a war zone
https://www.nature.com/articles/d41586-019-01432-y
コンゴ民主共和国では、エボラ出血熱などない、と叫ぶ武装勢力が医師などを殺害しているとのこと。感染拡大を防ぐことが困難になりつつあり、危機的な状況です。
★Japan responds: stem-cell therapy justified
https://www.nature.com/articles/d41586-019-01364-7
Nature誌が、日本の再生医療の臨床応用が拙速だと批判した件について、厚労省の医薬・生活衛生局 局長、宮本真司氏が反論を書いています。
★Trump’s science adviser on research ethics, immigration and presidential tweets
https://www.nature.com/articles/d41586-019-01396-z
Analysis: U.S. science adviser has a vision for cutting research red tape, but details are scarce
https://www.sciencemag.org/news/2019/05/analysis-us-science-adviser-has-vision-cutting-research-red-tape-details-are-scarce
トランプ政権の科学アドバイザー、Kelvin Droegemeier氏。
★Shake-up at NIH: Term limits for important positions would open new opportunities for women, minorities
https://www.sciencemag.org/news/2019/05/shakeup-nih-term-limits-important-positions-would-open-new-opportunities-women
NIH Imposes Term Limits for Lab Chiefs
https://www.the-scientist.com/news-opinion/nih-imposes-term-limits-for-lab-chiefs-65833
NIHの研究室長の任期が12年に。これにより白人男性に多く割り当てられていたポジションを女性やマイノリティに解放するとのこと。
★Why are Canada’s scientists getting political?
https://www.nature.com/articles/d41586-019-01244-0
★Thousands of scientists in Argentina strike to protest budget cuts
https://www.sciencemag.org/news/2019/04/thousands-scientists-argentina-strike-protest-budget-cuts
Austerity cuts threaten future of science in Argentina
https://science.sciencemag.org/content/364/6439/419.full
アルゼンチンの研究費カットが大きな問題に。
★Breastfeeding mums are finally getting spaces to pump at some US institutions
https://www.nature.com/articles/d41586-019-01335-y
アメリカの大学の94%が授乳室を設置しているという調査。しかし、回答率は低く
改善の余地があるとのこと。