科学・政策と社会ニュースクリップ

科学政策や科学コミュニケーション等の情報をクリップしていきます。

【記者がみる「科学報道」とiPS治療の虚報】の批判

片木りゅうじ

はてなID:uprazhnenieさんが、ブログで事件を総括されている。

記者がみる「科学報道」とiPS治療の虚報
http://d.hatena.ne.jp/uprazhnenie/20121014/1350224323

長々と書かれているが、言いたいことは下記に集約されている。

【本文の要約の箇条書き】
1)ハーバード大学客員講師を名乗る森口氏の所属を調べるのは失礼だった。
2)「学会の常識」を確認する間もないほど、新聞記者の競争は激しい。
3)科学は分野がタコつぼ化し、全てを理解できないのは当然。
4)ノーベル賞を取った分野だから破格の扱いをしてしまった。
5)解決策は、結局はない。しかし、それが科学報道なのだ。

一つ一つ、掘り下げてみよう。


1)ハーバード大学客員講師を名乗る森口氏の所属を調べるのは失礼だった。

新聞記者が常識のある人なら、
「客員」という言葉の意味はわかるだろう。
これは、正規職員ではない者の呼称である。
では本職は何か?普通、そう思うのではないか?
東大のポジションは特任研究員、つまりポスドクだ。
「余剰博士」という言葉を産みだした読売新聞社の科学記者が、
まさかポスドクを知らないわけではあるまい。
普通、ポスドクが単独で記者にアクセスすることはない。
それだけで、とても目立つ行いだ。
ハーバード大にも、東大にも、ポスドクは千人以上いるだろう。
読売新聞は、そういうポスドクの“自主発表”に
いちいち付き合う新聞社だというのか?
ポスドクは、雇用しているボスが必ずいる。
そのボスが誰なのか、聞くことはそんなに失礼なことか?
「部下の成功について、ボスから喜びのコメントを聞きたい」
と言えば、堂々と聞けるではないか。


2)「学会の常識」を確認する間もないほど、新聞記者の競争は激しい。

「学会の常識」というのは、その分野の研究者誰に聞いても分かる話だ。
深夜だから確認できなかった、というのは情報収集能力無さすぎではないか?
第一、応用には時間がかかると、山中氏がさんざん説明していたではないか。
極端な話、2チャンネルで聞いたっていい。暇な研究者が丁寧に教えてくれる。
また、取材の裏をとらない理由を「競争があるから」というのは、
研究をねつ造する理由を「任期が限られているから」とするのと
同じ理屈だと気付いていないのだろうか?
ねつ造データを話す研究者に対して「偽計業務妨害」などという
いかめしい言葉を使う前に、記者は記事の“捏造”を止めた方がいい。
新聞記者は事件の表面だけを速報する競争などではなく、
きちんと“裏をとる”競争に力を注ぐべきじゃないのだろうか。


3)科学は分野がタコつぼ化し、全てを理解できないのは当然。

これは論点を置き換えているにすぎない。
子供を騙すような議論で、非常に卑怯千万な論法だ。
確かに一般論として、科学の先端分野は知識が細分化し、
それらを網羅できる知識人はほとんどいない。
例えば、今回のノーベル科学3賞を全て詳しく解説できる人は少ない。
しかし、だからといってそれは今回のiPS報道には当てはまらない。
iPS細胞とその応用は、既に国の重点分野となっている。
iPS細胞にまつわる一般向けの書籍は多く、
科学記者ならば当然何冊か読んでおくべきだろう。
国が重点支援している分野を、まさか知らないというのであろうか。
理化学研究所では、粛々と臨床応用の準備を進めているという。
これまで一度も、それに関する報道を目にしたことがないのだろうか。
記事を書いたのが着任間もない記者ならともかく、
当の記者は科学記者に求められる資質に不足があるのではないか。


4)ノーベル賞を取った分野だから破格の扱いをしてしまった。

最近ものごころのついた幼児ならいざしらず、
iPS細胞は5年ほど前からとっても有名な研究である。
ノーベル賞受賞の時期になれば、山中氏の名前は必ず上がる。
ノーベル賞の権威など全く関係なく、iPS細胞は有名なのである。
きっと、まともな新聞社であれば、例えノーベル賞受賞の前であっても、
iPS細胞で臨床応用が本当に成功したのであれば、大きく扱うであろう。
ノーベル賞の権威がなければ研究の重要性を認識できないなら、
それはもう、“科学記者”ではないのではないか?


5)解決策は、結局はない。しかし、それが科学報道なのだ。

今回の報道に限れば、問題の根源は記者の能力不足であり、
科学報道の難しさをことさら強調するような事件ではない。
確かに、先端科学を正しく評価するような科学報道は難しい。
しかし今回の事件はそういう議論とは一線を画す。
虚言癖があり、調べれば絶対ばれてしまうポスドク
稚拙なウソを見抜けなかった、“うっかり八平”な記者がいた。
ただそれだけの、取るに足らない小さな事件なのである。
それを「科学報道の難しさ」に置き換えるのは、
ただの詭弁ではないだろうか。


以上、uprazhnenieさんのブログを批判した。