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提案:トップ不要の研究組織を!  みわ よしこ(ライター)

提案:トップ不要の研究組織を!  みわ よしこ(ライター)

 研究機関の上級管理職の皆様、大学で研究室を率いるPIの皆様。
 タイトルを見て、いささか背筋が寒くなられたかもしれません。
 どうぞ、「トップ」の方も、そうでない方も、本稿を最後までお読みください。

 はじめに、音楽のオーケストラについて考えてみたいと思います。
 私は以前ヴァイオリンを弾いていて、オーケストラの中で演奏していた経験も少しあります。
 オーケストラはいろいろな意味で、研究組織と似たところを持っています。
 オーケストラには、さまざまな楽器の演奏者がいます。
 各楽器ごとに、パートトップがいます。
 特に第一バイオリンのトップは「コンサート・マスター(ミストレス)」と呼ばれ、「パートトップのトップ」という役割を担っています。この人が何らかの理由でコンサート途中で役割を果たせなくなった場合には、第一バイオリンのトップサイドが役割を引き継ぐこととなっています。コンサートにおける「有事」対策が、一応は存在するわけです。
 演奏者だけではコンサートは成立しません。「楽譜の調達や管理」「ステージマネジメント」といった、演奏にかかわる重要な役割を担う人もいます。
 そして、その人達全員を率いているかのように見える指揮者がいます。
 研究組織と、かなり似ていませんか?
 
 実は、音楽の演奏をするためだけなら、オーケストラに指揮者は不要なのです。
 一定レベルのオーケストラは、コンサート・マスター(ミストレス)の合図だけで、かなりの難曲でも、最後まで音楽性を保ちながら演奏することができます。
 そこに指揮者が現れて指揮することによって、指揮者の音楽がそこに出現します。正確に言うと、指揮者+演奏者+演奏を支える人 全員の音楽です。
 指揮者がいなければ、演奏者+演奏を支える人 の音楽になります。
 聴衆にとっては、自分が満足できる演奏であれば、指揮者の有無は大きな問題ではないでしょう。
 指揮者が出現したら素晴らしい音楽を作れるオーケストラは、指揮者不在でも一定レベルの演奏のできるオーケストラです。
 「自分たちだけではどうしようもないオーケストラが、指揮者のおかげで素晴らしい音楽を作れる」
 ということはありません。

 さて、研究組織に話を戻します。
 人事・国の方針転換などの「大人の都合」によって研究組織が解体される時には、指揮者とオーケストラでいえば、オーケストラのメンバーに当たる人たち、つまり管理的立場にない研究員・技術職員・テクニシャンなどの方が先にワリを食います。ポストを失ったり、労働条件を悪化させられたり流動的にされたり。「指揮者」、つまり上級管理職や大学教授に当たる人たちに先にワリを食わせたという話は、私は寡聞にして聞いたことがありません。
 これをオーケストラに例えれば、
「音を出すことに関わる人が減っていって、指揮者たちだけは残る」
という状態です。そんなことをしたら、どんなに指揮棒を振っても音が出なくなってしまいます。
「演奏者がまばらなオーケストラで、指揮者・佐渡裕氏(たとえば)が必死で指揮棒を振る図」
を想像してみてください。笑えませんか? この状況のナンセンスさは、どなたにもご理解が及ぶことでしょう。
 指揮者がいなくても、オーケストラが維持されていればなんとかなります。
「このオーケストラのために振りたい」
と指揮者に思わせられる魅力的なオーケストラであれば、
「指揮者が来なくて何もできない」
などということはありません。指揮者の席が空席になったとたんに魅力的な指揮者が赴任したがるので、指揮者不在の時期はあっても短くて済みます。
 研究組織も、「基本的に指揮者不要のオーケストラ」にしてはどうでしょうか。
 指揮者に当たる人、つまり研究組織を率いる立場の研究者は、
「必要なら、外から連れてくればいい、いなくてもいい」
と割り切ってしまうのです。いなくても、研究はそれなりに進められて成果が出る。いればベター。ろくでもないトップなら、いない方がマシ。
 そのくらい強力な研究組織があったら、日本の研究文化はどうなるでしょうか?

 一つだけ確実なことは、これは日本では夢物語ではない、ということです。
 良くも悪くも、日本には、科学・技術に多額の投資を行なってきた実績があります。「ハコ」がたくさんあります。研究施設の建物です。そこには「モノ」もあります。予算が潤沢だった時期に購入した設備です。
 「ハコ」「モノ」があっても、実際に運用する「人」がいなかったら、研究という目的のために機能させることはできません。研究機関や大学に、「人」は「質量ともに充分にいる」と言えるでしょうか? 経験数十年のベテラン技師やテクニシャンがたくさんいるでしょうか? 民間よりも魅力的な仕事を求めて、知財・広報の専門家がやってくるでしょうか? 運送会社のマネジメントを経験した人が「この腕を活かしたい」とやってくるでしょうか? スーパーマーケットの「お客様相談室」で最もシビアなクレーム対応を経験した人が、「この能力で、大学のモンスターペアレント対策を」と腕をさすってやってくるでしょうか? 残念ながら、答えは否でしょう。
 長年にわたる予算削減により、ベテラン技師・ベテランテクニシャンを育成する余地は、どの大学・研究機関からもほとんど失われています。そのような仕事は、比較的若い人の仕事となっています。現在はほとんど任期制です。待遇は、特に恵まれているわけでもありません。将来へのヴィジョンを持つことが難しいので、まだ「つぶし」の効く若い時期に、研究近辺の仕事を離れてしまうことが多いと思われます。その機関に長くとどまることができるのは、テニュアの待遇を得ることに成功した上級管理職・大学教授です。その人達は、恵まれているのでしょうか? 私にはそうは見えません。楽団員のまばらなオーケストラの指揮者。あるいは、ひび割れた不毛の土に、辛うじて咲く花のようなものです。遠からず枯れてしまうでしょう。
 悲しい話ですね。いっそのこと、発想を変えましょう。

 まず、日本に潤沢な「ハコ」「モノ」を生かす「人」を育成しましょう。現在も、主に大学院の修士課程で、ある程度は行われています。大学三年くらいから、一定の研修のもとでテクニシャンとして大学に勤務できるようにするのは、それほど難しいことではないでしょう。そうすれば「日本には給付型奨学金がない」という問題が、ある程度は解決します。その人達は、学部や修士課程を卒業した段階で、企業や研究機関の即戦力になれます。だから、就職難の問題もかなり解決するでしょう。そのまま研究の世界に残りたい人には、残っていただけるようにしましょう。具体的には、正規雇用で定年まで勤められるポストを用意するということです。
 そうすれば、たとえば若い学生たちは、目の前に
「あんなふうになれたら、結婚できるし子どもを育てられる。しかもそれは、実現不可能な高い目標ではなくて、毎日の少しずつの努力でなれる」
というロールモデルを見ることになります。それが10年・20年続けられたら、人生を託するに足る「カタい仕事」としての理系の仕事の生態系が再構築されるでしょう。
 知財・広報・マネジメント・クレーム対応に関しては、外部から経験ある社会人を引き抜いてくることが適切そうです。そのためには、現職より魅力的な何かを用意する必要があります。「裁量労働年俸制であることも含め、仕事が面白い、そこで働くことが楽しい」と言わせる待遇が適切かもしれません。問題は、仕事の中身に魅力があるかどうかです。研究そのもの、大学であれば教育の内容が、自然に魅力を作る状況が理想でしょう。組織の体質も重要です。やり手ビジネスパーソン
「大学(研究機関)って体質が何だかアレで、息が詰まりそうだからイヤだな」
と思ってしまうようでは困ります。

 トップがいなくても研究の出来る大学・研究機関を作りあげることは、容易ではありませんが、不可能な話ではありません。日本には、その下地はあります。
 指揮者がいなくてもよいオーケストラのように、トップがいなくても研究が出来るほどの大学・研究機関は、その研究能力・チームワーク・設備などの基盤を魅力として、いつでもスター研究者を呼び込むことができるでしょう。もしかすると、スター研究者がさらに資金や評判を呼び込み、さらに活発な研究活動ができるようになるかもしれません。
 現在のトップの方々には、
「この人が現在のトップだから」
ではなく、
「この人が魅力的だから、引き続きトップでいてほしい」
と望まれるようなトップになっていただきましょう。そうすれば、トップの方々の身分が脅かされることはありません。
 そんなふうにして、みんなハッピーになれます。

 夢物語でしょうか? そうですね。「夢物語だなあ」と私も思います。
 でも、少なくとも悪夢ではありません。
 iPS細胞研究で有名な京都大学教授・山中伸弥氏が「カギは人材」と訴え、自らフルマラソンを走って募金を集めてもテクニシャンの安定雇用をしようと奔走する様子を見ているうちに、私はそんな夢を見るようになりました。
 山中伸弥氏が一人で走っても、日本の研究文化はそれほど変わらないでしょう。
 でも、夢を共有して、ささやかでも自分の場で実現する努力をする人が増えれば、意外にも、大きな変化がたやすく起こるかもしれません。
 私は「そうできればなあ」と思っています。

<プロフィール>
ライター。筑波大学数理物質科学研究科D3。専攻はナノテクの計算機シミュレーション。4回目のD3。そろそろ崖っぷち。
高校卒業後、プログラマ→大学+民間研究所(2ヶ所)テクニシャン→大学院修士課程→企業研究者→ライター(+社会人スクール・専門学校講師)→社会人大学院生
という経歴をたどる。
肢体不自由のため電動車椅子を利用。現在の趣味の一つは、つくば駅から筑波大第三エリアまでの約4kmを、電動車椅子珍走すること。