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第5期科学技術基本計画に望むこと

近頃
イノベーションが日本を救う  研究力強化のための博士人材の活用戦略
http://www.nippyo.co.jp/book/6981.html
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4535586896?tag=sciencepolicy-22

を上梓された、広島国際大学名誉教授小谷教彦博士にご寄稿いただきました。

僭越ながら、SSA代表榎木が同書の推薦文を寄稿させていただきました。

第5期科学技術基本計画に望むこと
広島国際大学 名誉教授
小谷教彦

我が国をイノベーションが起きやすい国にすることを目標に、第5期科学技術基本計画が策定されつつありますが、2014年、2015年とノーベル賞の受賞が連続するなど、国の科学技術政策が成功しているという印象を持つ国民が多いのではないでしょうか。
しかし、科学技術の最前線に身を置いている研究者や技術開発者の多くは、釈然としない気持ちを持たれているのではないでしょうか。確かに、ノーベル賞の様な話題性のあるものは世界最高レベルにあるように見えますが、我が国の科学技術政策は本当に国の経済を支え、我々の生活レベル(年収や処遇)を向上させることに効果を発揮しているのでしょうか。

我が国のGDPの約60%は個人消費であるため、我々の生活レベルを向上するには、「もの余り」の中でも購入したくなるような魅力的なモノやサービスの出現が不可欠であり、イノベーションが起きる必要があります。しかし、技術が進歩した現在、新しい科学的知見をベースにしなければイノベーションは起こり得ないのではないでしょうか。
研究を通して世界に先駆けて新しい科学的知見を獲得し、引き続く技術開発で実用化を図ることがイノベーション達成への王道であり、その実現に向けた官民の体制を構築することが、第5期科学技術基本計画に盛り込まれるべき基本政策であると考えます。

我が国の科学技術の進展を考えると、私は国が持つ科学技術に対する認識と、現実に起きている科学技術の発展に不可欠な課題との間には、相当の乖離があるのではないかと考えています。そして、この乖離が我が国における「科学技術における構造的問題」をもたらしたのではないでしょうか。
「科学技術における構造的問題」は、ポスドク問題を中心とする若手博士の雇用問題に集約されて表面化し、社会問題化しています。そして、研究の原動力である若手博士の能力の発揮を阻害しており、研究を通した真のイノベーションを阻んでいます。

私は、乖離の発生要因を、セカンドランナーとして大成功を収めた明治維新以降の科学技術政策から脱皮できず、トップランナーにならなければ国を維持できなくなっているにもかかわらず、官民を挙げて従来の手法に囚われていることにあると考えます。それは、科学技術政策において、良い土地(研究環境)を作り・良い苗(科学的知見)を育てることの重要性を軽視していることと、新卒一括採用/年功序列という日本的雇用慣行に行き着くのではないかと考えます。

従って、若手博士の雇用問題を解決することは、国の政策と企業の日本的雇用慣行を変えることであり、我が国がイノベーションの起きやすい国に生まれ変わる端緒になると思います。

総合科学技術・イノベーション会議では、ここで示した構造的問題に係る議論が行われているようですが、大学や企業の個別の問題として認識されることに留まらず、全ての問題点が相互に関連して構造的問題となっていることを認識し、科学技術の最前線に身を置く研究者・技術開発者の持てる人材能力を十二分に発揮できる社会環境の構築に向けた基本計画になることを期待します。

・プロフィール:
1971年 大阪大学基礎工学部電気工学科卒業、その後東京大学大学院工学系研究科電気電子工学専門課程修士課程を修了し、三菱電機株式会社に入社。
工学博士(東京大学)取得。
三菱電機株式会社を退社後、広島国際大学社会環境科学部 教授、工学部長を経て、広島国際大学 名誉教授(現在に至る)。
著書:「LSI工学―システムLSIの設計と製造―」、森北出版。