深島守(NPO法人サイエンス・コミュニケーション)
NPO法人サイエンス・コミュニケーションでは、過去3回の選挙に際し、マニフェスト比較を発表した。
2007年参院選
http://d.hatena.ne.jp/scicom/20070715/p1
2005年総選挙
http://scicom.jp/document/manifesto2005.html
2003年総選挙
http://scicom.jp/mailmag/manifesto2003.html
今回も各党の政策をながめてみたい。環境、医療政策も科学技術に密接に関わるが、今回は割愛させていただく。
まず、今回の選挙で感じるのは、ようやく科学技術が選挙の論点の一つになったということだ。
科学技術に深く関連する高等教育では、給費制奨学金や授業料免除が各党の政策に取り入れられた。以前は共産党を中心とするごく少数の政党の主張だっただけに、大きな変化を感じる。
また、Nature誌が民主党の政策をとりあげるなど、「政権交代」が取りざたされ、科学技術政策がどのように変化するのか関心が高まっているように感じる。補正予算の動向、国立大学法人の行方など、選挙の結果が研究現場に影響を与える可能性が取りざたされている。
●Japan election sparks science pledges
http://www.nature.com/news/2009/090819/full/460938a.html
以上の点を踏まえ、科学技術政策に関するマニフェストを評価してみたい。以下、各党の政策の抜粋を分野別に行ったあと、各党を講評したい。
各党の政策は以下をご参照されたい。
http://d.hatena.ne.jp/scicom/20090814/p1
奨学金
- 【公明党】
- 【民主党】
- 【共産党】
- 【社民党】
高等教育、国立大学
- 【自民党】
- 【公明党】
- 協定を結んだ他大学等での授業受講を可能とし、取得した単位を自分の大学等の卒業単位とすることができる「授業単位互換制度」を拡充
- 日本人留学生の20 万人派遣と海外留学生の受け入れ体制の強化
- 2020 年までに留学生受け入れ30 万人を目指し、当面5年間で大幅な拡大と留学生を受け入れる環境整備を推進
- 【民主党】
- 【共産党】
- OECD加盟国で最下位の教育予算を、早期に平均にまで引き上げ
- 私学助成を増額し、公私間格差を是正
- 「基盤的経費の連続削減」を中止し、予算を増額
- 「大学の自治」を尊重するルールを確立し、大学の自主的改革を支援
- 国立大学法人制度を根本的に見直す
- 大学の自主性を尊重した制度に改める
- 教授会を基礎にした大学運営と教職員による学長選挙を尊重する制度を確立
- 独立した配分機関を確立
- 私立大学の設置審査を厳正な基準で行うようにし、私学のもつ公共性を高める
- 私立大学の財政公開を促進し、教職員によるチェック機能を高める
- 株式会社立大学の制度は廃止し、私立大学(学校法人)として再出発できる環境を整備
- 任期制教員の無限定な導入や成果主義賃金の導入に反対し、国による誘導策をやめさせる
- 大学における教育・研究の公共的役割にふさわしく、教員の安定した身分を保障
- 大学院生が経済的理由で研究を断念しなくてすむように、無利子奨学金の拡充と返還免除枠の拡大、給付制奨学金の導入を実現
- 日本学生支援機構の奨学金の返済猶予事由を弾力的に運用し、年収300万円に達しない場合に返済を猶予する期限(5年)をなくし、広く適用させる
理科教育
- 【民主党】
- スーパーサイエンスハイスクール(科学技術・理数教育を重点的に行う学校)を拡充する
- 産業界の協力を得て、サイエンスキャンプ(研究所などでの実験体験など)や研究者の小中学校への派遣などを行う
基礎研究、イノベーション
- 【自民党】
- ものづくり技術の開発、イノベーションの推進などによる産業の高付加価値化を実現
- 世界トップレベルの研究拠点の約30カ所設置や、研究費基金を創設し、現場にフィットしない予算の単年度ルールを廃止
- 競争的な環境を作り上げるための各大学の改革の支援等
- 世界をリードするわが国の革新的研究・技術開発を戦略的に行い、「第3期科学技術基本計画」による研究開発投資25兆円の達成を目指す
- 次期基本計画における投資目標を設定し、拡充
- 最先端研究開発支援プログラムの実施や「研究開発力強化法」「宇宙基本計画」「海洋基本計画」等に基づく投資を充実
- 科学技術の成果を国民に還元し、地域発の豊かな社会を実現していくため、47都道府県に産学官連携拠点を整備
- 【公明党】
- 【民主党】
- 研究開発力強化法の趣旨を踏まえ、今後とも科学技術を一層発展させ、その成果をイノベーション(技術革新)につなげていく
- IT、バイオ、ナノテク、環境、エネルギーなどの先端技術分野における研究者・技術者の質的・量的不足の解消に向けて、集中的に施策を展開し、民間経済の成長・拡大を支える
- 世界をリードする燃料電池、超伝導、バイオマスなどの環境技術の研究開発・実用化を進める
- 新エネルギー・省エネルギー技術を活用し、イノベーション等による新産業を育成
- 「科学技術戦略本部(仮称)」を、現在の総合科学技術会議を改組して内閣総理大臣のもとに設置
- 科学技術政策の基本戦略並びに予算方針を策定し、省庁横断的な研究プロジェクトや基礎研究と実用化の一体的な推進を図り、プロジェクトの評価を国会に報告
- 素粒子物理学や再生医療等の巨額な予算を要する基礎科学研究分野において、世界的な研究拠点となることを目指して、欧米やアジア諸国との連携強化に積極的に取り組む
- 知的財産権の強化に取り組む
- 知的財産権に関する専門家の育成、地域をはじめとする産学の連携強化、研究開発予算の見直し、研究者の意欲向上につながる環境の整備、技術移転機関(TLO)の充実
- 2009年度中に各省庁の宇宙関係セクションと宇宙航空研究開発機構(JAXA)企画部門を内閣府のもとに再編一元化するとともに、将来的にはJAXAを含む独立した組織の創設を検討
- 【共産党】
- 科学・技術の総合的な振興計画を確立
- 任期制の導入を抑え、安定した雇用を保障する制度を確立する
- 研究支援者を増員するとともに、劣悪な待遇を改善
- 国立大学法人・独法研究機関への人件費削減の義務づけをやめさせる
- 科学技術基本計画を政府がトップダウンで策定するやり方をあらため、日本学術会議をはじめひろく学術団体の意見を尊重して、科学、技術の調和のとれた発展をはかる総合的な振興計画を確立
- 科学、技術の軍事利用、とりわけ、宇宙基本法の具体化による宇宙の軍事利用をやめさせる
- 科学研究費補助金を大幅に増額し、採択率を抜本的に引きあげる
- 幅広く大学・研究機関の研究者に配分
- 業績至上主義の審査ではなく、研究計画も十分考慮した審査に改める
- 科学者による専任の審査官の大幅増員や日本学術会議との連携強化をはかるなど、専門家による十分な審査体制を確立し、審査内容を公開する
- 不正の温床となっている業績至上主義による過度の競争を是正するとともに、科学者としての倫理規範を確立
- 大学における外部資金の管理を厳格におこなうとともに、研究機関や学術団体が不正防止への自律的機能を強めるよう支援
- 国からの一方的な産学連携のおしつけでなく、大学の自主性を尊重し、基礎研究や教育など大学の本来の役割が犠牲にされないようにする
- 産学連携を推進する国の事業(共同研究への補助など)は、地域や地場産業の振興にも力を入れ、中小企業の技術力向上への支援を拡充
- 大学と企業との健全な関係をむすぶため、ガイドラインを作成
- 企業との共同研究の際、学会などでの研究成果の公開が原則として保障され、だれでもひろく使えるようにする
- 共同研究や委託研究での相当額の間接経費や、共有特許での大学の「不実施補償」を、企業側が負うようにする
- 企業から受け入れた資金は、大学の責任で管理、配分することを原則とし、研究者と企業との金銭上の癒着をつくらない
- 【新党日本】
- 水素、バイオ等の新エネルギーを、日本の戦略的資源として、集中的な技術開発を行う
- 【改革クラブ】
- IT と環境・エネルギー問題への取組みを融合し、新産業分野を創造
- 環境・バイオ・IT など新たな経済成長戦略によって税の自然増収を図ることで、歳入、財源の確保を図る
- 【みんなの党】
- 産業構造を従来型から高付加価値型へ転換。ヒト、モノといった生産要素を、予算、税制等でバイオ、エレクトロニクス、新素材、環境、エネルギー等の将来成長分野へシフト
研究人材
- 【自民党】
- 【公明党】
- 大学院の博士課程を修了した研究者(ポストドクター)の就労支援を強化するため、大学や産業界との連携の強化を図るなど、就労支援体制を強化
- 研究開発力強化法に基づき研究者の養成・確保を図り、ポストドクターや女性研究者、外国人研究者などの処遇の改善を進める
- 高校生・大学生の海外留学や海外の研究者の受け入れを進める
- 若手や女性の優秀な研究者が能力を発揮できるような環境整備を進める
- 【民主党】
- 研究者奨励金制度を創設するとともに、国内の優れた研究プロジェクトへの支援を強化
- 研究者ビザの拡充など優れた外国人研究者がわが国に集まる環境をつくる
- 【共産党】
- 留学生に魅力ある環境を整備する
- 女性研究者の地位向上、研究条件の改善をはかる
- 大学・研究機関が男女共同参画推進委員会などを設置し、教員、研究員、職員の採用、昇進にあたって女性の比率を高めるとりくみを、目標の設定、達成度の公開をふくめていっそう強めるように奨励
- 出産・育児・介護にあたる研究者にたいする業績評価での配慮、休職・復帰支援策の拡充、大学・研究機関内保育施設の充実など、研究者としての能力を十分に発揮できる環境整備を促進
- 「女性研究者支援モデル育成」の採択枠を大幅に拡大し、保育所の設置・運営も経費負担に含めるなど利用条件を改善
- 非常勤講師やポスドクについても出産・育児にみあって採用期間を延長し、大学院生にも出産・育児のための休学保障と奨学金制度をつくるなど、子育て支援策を強める
- セクシャルハラスメントやアカデミックハラスメントなどの人権侵害をなくすため、大学・研究機関の相談・調査体制の充実をはかる
- 文科省の「キャリアパス多様化促進事業」を継続・拡充し、人文・社会科学系にもひろげ、採択機関を増やす
- 機関間の情報交換、連携を強化
- 大学・研究機関がポスドクなどを研究費で雇用する場合に、期間終了後の就職先を確保するよううながす
- 博士が広く社会で活躍できるように、大学院教育を充実させる
- 博士の社会的地位と待遇を高め、民間企業、教師、公務員などへの採用の道をひろげる
- 博士を派遣社員でうけいれている企業には、直接雇用へ切り替えるよう指導を強める
- 院生やオーバードクターへの研究奨励制度の抜本的拡充、ポスドクの職場の社会保険への加入を促進
- 大学院を学生定員充足率で評価することや、画一的な大学院博士課程の定員削減はやめ、大学院の定員制度の柔軟化をはかる
- 大学非常勤講師で主な生計を立てている「専業非常勤講師」の処遇を抜本的に改善するため、専任教員との「同一労働同一賃金」の原則にもとづく賃金の引き上げ、社会保険への加入の拡大など、均等待遇の実現をはかる
- 一方的な雇い止めを禁止するなど安定した雇用を保障
- 【改革クラブ】
- 技術立国(ものづくり)日本を支えるための高等教育とりわけ理工系人材育成強化に取り組む
【講評】
まず、各党の政策の中身をみてみる。
奨学金の拡充に関しては、与野党とも、多少の表現の違いがあるものの、ほぼ一致して拡充をとなえている。また、民主、共産、社民が国際人権A規約(締約国160カ国)の13条における「高等教育無償化条項」の留保撤回に言及しており、実現に向かう可能性が高い。
国立大学の運営費交付金削減については、与党を含め、増額に言及しており、これも実現の可能性が高いだろう。
国立大学の法人化は民主が改善、共産が見直しを述べている。与野党の争点の一つとなっている。以前民主党は法人化見直しに言及しており、仮に民主党を中心とする政権が誕生した場合、「改善」がどのような内容かに注視する必要がある。
科学技術政策のマネジメントについては、与野党で意見が分かれた。自公民はいずれも「研究開発力強化法案」を共同で提出しており、基本姿勢としては、トップダウン、分野別投資ということになるだろう。そこが共産のボトムアップとは真っ向から対立することになる。以前にも述べてきたが、自公民と共産の科学技術政策には思想の違があり、どちらがよい、悪いというものではないと思う。皆さん自身がよく考えて選択されたい。
だが、自公と民主は、方法論が異なる。民主が提唱する「科学技術戦略本部(仮称)」、補正予算における「世界最先端研究支援プログラム」2700億円の執行の行方など、研究現場に大きな影響を与える可能性がある。独立行政法人の改革が、JST(科学技術振興機構)とJSPS(日本学術振興会)に与える影響も無視できないだろう(このあたりは、現在発売中のメディカルバイオ誌で、当NPOの尾内が詳細な解説をしているので参考にされたい。
メディカルバイオ 2009年9月号
http://www.ohmsha.co.jp/medicalbio/
そのほか、公明、共産がポスドク問題にふれており、自民、公明、共産が女性研究者問題に言及している。
次に、政党別に述べたい。
自民党は政権与党であり、政策比較をする際には、野党と異なる。現政権の政策が問われるわけであり、字面を追うだけではいけない。Nature誌が言うように、科学技術関連予算はここ数年例外的に増え続けており、与党が科学技術を重視していることがうかがえる。多額の研究費を持つトップ科学者は、現政権の政策におおむね満足しているかもしれない。
ただ、そうは言うものの、現政権の政策を箇条書きにするだけでは心もとない。具体性にも欠ける。科学技術政策が、そもそもこの国や社会に何をもたらすために必要なのか、というビジョンをもっと語ってもらいたい。もちろん、景気対策、産業育成という意図が見え隠れするわけであり、それゆえ、基礎研究者にとっては、政策に声が反映されていない、という不満をもたらす。実際、基礎研究に対する言及は乏しい。しかし、運営費交付金の見直し、地方大学への言及など、若干方向修正もみられている。
また、トップダウン志向であり、研究現場や若手の声をどのように政策に反映させるのか、記載は乏しい。
公明党は科学技術政策に関しては、自民と同様であり、具体的記載に乏しい。ただ、公明はポスドク問題をマニフェストに明記している。この点は評価したい。共産党もポスドク問題に関して詳細に触れているが、個別政策の中であり、マニフェスト自体に記述を入れたのは大きい。理科教育に触れているのも評価したい。ただ、具体的な記載には乏しい。
民主党の科学技術政策が乏しい、という声はブログなどでも聞かれているが、今回、「科学技術戦略本部(仮称)」に言及するなど、やや踏み込んだ表現も多かった。研究開発力強化法案への参加など、経験も蓄積したのだろう。
ただ、この「科学技術戦略本部(仮称)」が、どのような形態で運営されるのか、言及されていない。政権を取った後の検討事項になるのだろうが、「脱官僚」を唱えている同党が、はたして官僚抜きで科学技術政策を運営するのか、現在作成中の第4期科学技術基本計画がどうなるのかといった点が不明であり、実現可能性の評価が難しい。
これはマニフェスト外の話であるが、NPOなどの意見を政策により取り入れるということもあり、「科学技術戦略本部(仮称)」にも、現場の研究者、NPO、市民の声をどの程度反映させるのか、という点が注目される。
その他、マニフェスト、政策INDEX中に、科学技術人材に関する記載が乏しいのは残念である。私たちの公開質問状にはその点の記載もあるが、あくまでマニフェスト評価なので、その点は考慮に入れない。
理科教育に言及している点は評価したい。
共産党は、非常に詳細な政策を提示し、政策立案能力の高さがうかがえる。私たちが関心の深いポスドク問題に関しても、多様なキャリアパスの具体例を提示するなど、具体的である。以前のマニフェストでは、研究者の雇用を増やすといった表現であったが、より現実的になったといえる。その他、ポスドクや若手研究者など、現場で苦労している研究者の声を反映した政策が並んでいる。先にも述べたが、現場の声を反映するボトムアップ志向の政策である。
アカデミックハラスメントへの言及があるのは共産党だけであった。
以前は共産党の政策はばらまきにつながりかねないと書いたが、現在各政党とも高等教育や科学技術に対する予算増額に言及しており、その批判は当たらないかもしれない。ただ、ボトムアップで果たして経済成長につながるのか、という意見もあるだろう。そのあたりは、科学技術に何を求めているのかの考え方の違いであり、有権者それぞれの考えのもとで選択されるべきものだろう。
給付型奨学金、国際人権規約の「留保」撤回など、実現可能な主張もあり、「建設的野党」を自称する同党が、その政策をどのように実現させていくのか、注目したい。
他の政党に関しては、奨学金や学費以外の科学技術政策、高等教育政策に関する記載が乏しかった。
以上、長くなったが、マニフェスト評価を行った。
マニフェスト評価には、実現可能性、予算などを考慮すべき、との声もある。その点、今回の評価では踏み込み切れていない。というのも、マニフェストの多くが、項目だけを並べたリップサービスのような文書で埋められているからである。私の力不足もあり、申し訳なく思う。
しかし、まだまだマイナーな問題ではあるものの、科学技術政策が選挙の問題として徐々に認識されつつあるように思う。
抽象的なマニフェストをどう肉付けしていくのか、マイナーな問題を社会の問題としてどう認識させるのか、実はこれは私たち一人一人に投げかけられた問題である。
政治は利害の調整の場であり、それゆえ、きちんと意見を表明しなければ、問題を問題として取り上げられない。どのような政権が誕生しても、科学コミュニティ、NPO、市民は、時の政権に対し、きちんと態度を表明していくことが必要だ。
科学の政治化に批判的な意見は多いだろうが、ブダペスト宣言から10年、科学はもはや科学者だけの問題ではなく、社会の問題だ。
今回の選挙にとどまらず、科学技術政策を考える人が増えることを願って、これからもこうした試みを続けていきたい。