科学・政策と社会ニュースクリップ

科学政策や科学コミュニケーション等の情報をクリップしていきます。

2015年は、科学コミュニケーションが終わる年?

みわ よしこ(フリーランス・ライター)

(2015年5月20日修正)
■サイエンス・メディア・センター(SMCJ)、存続の危機!?

 2015年4月、ネット空間に「突如」という感じで、サイエンス・メディア・センター(SMCJ)による「ご支援のお願い」が出現しました。本メルマガの読者さんの中には少なからず、驚かれた方がおられるのではないでしょうか?

SMCに対するご支援のお願いと賛助会員入会のご案内

(2015年5月8日に加筆されています)

http://smc-japan.org/?p=3812

 上記ページによれば、2010年より活動を継続してきたSMCJは、

「2011年の東日本大震災時には、混乱時においても積極的に専門家コメントを配信し、国内外から高い評価を受けました。その後も、『科学技術のイシュー』につながりうる情報をジャーナリスト向けに配信しつづけ、2014年度は配信数100本以上を達成するなど、海外SMCと肩を並べるレベルに至りました」

という活動を続けてきたにもかかわらず、

「現在のSMCJは、持続性という大きな難題を抱えています」

「『組織を存続するための資金調達』が重要な課題となっています。そのためのさまざまな努力はしておりますが、現状のままでは、本年8月をもってSMCJの全活動を終了しなくてはならないところまできております」

という、一言でいえば「存続の危機」というべき状況に陥っている、ということです。

 私自身も、非常に驚きました。科学コミュニケーションに関わる団体は、財政面では厳しい状況にあることが少なくありません。しかし、「卓越した」というべき活動を継続し、成果を上げてきたSMCJが、存続の危機に陥るとは!?

 記事は

一般社団法人 SMCJの独立性に基づく公平・中立的な立場を担保し、実社会で機能しつづけていくために、多様なお立場の皆様からのご支援をお待ちしております。何卒、よろしくお願いいたします」

という言葉で結ばれています。

この「独立性に基づく公平・中立的な立場」「実社会で機能」は、日本で充分に理解されているとは思えません。理解する人々を少しでも増加させ、その人々の理解を深めることが、SMCJの活動の中心の一つであったとも言えます。

とにもかくにも現在の課題は、SMCJの存続です。

■メディアから見るSMCJの機能

 では、SMCJはどのように、「独立性に基づく公平・中立的な立場」で「実社会で機能」してきたのでしょうか?

著述・報道に携わってきた私の立場から見たSMCJは、「新鮮すぎる情報の宝庫」です。ジャーナリストとしてSMCJのデータベースに登録すると、さまざまな情報を送付いただくことができます。

私が重要と考えているのは、現在ただいまホットな話題となっている出来事に関する専門家コメントをまとめた「サイエンス・アラート」および、これから話題になりそうな問題と専門家コメントをまとめた「Horizon Scanning -科学をめぐる議論予報」の2つです。いずれもジャーナリストを対象としているため、メディア未公開の情報も含まれています。中には、情報解禁日(エンバーゴ)が設定されている、その時点では機密となっている情報もあります。

これらの情報の提供を受けるためには、SMCJの「ジャーナリストデータベース」への登録を行う必要があります(http://smc-japan.org/?page_id=3123)。登録できるのは、新聞社・雑誌社に所属する記者や、一定の実績のあるジャーナリストだけではありません。ブロガーも含め、継続的に科学と社会に関心を向け発信活動を行っている方はどなたも登録可能です。要請されることは、情報解禁日などのルールを守れることのみです。

これらの情報は、「今の科学界はこういうふうになっている」「今の科学界の意見は総合するとこれこれ」「こういう新しい成果が出てきた」「今の研究のトレンドは」といったことを、いまや自然科学研究の門外漢となってしまった私が大づかみながらも理解し続けるために、大変貴重なものです。

 関心をお持ちの方は、ぜひ登録してみてください。もちろん、情報解禁日などのルールを守れることは、最低限の条件です。

■なぜ、「受益者負担」ではいけないのか?

「では、あなたのように、SMCJから情報提供を受けている人が対価を支払えばよいのでは?」

というご意見もありそうです。私自身も、対価を支払うことがSMCJの存続に結びつくならば、「むしろ、支払わせてほしい」と思うくらいです。一見、あるべき「受益者負担」に見えます。それでは、情報提供を受けているジャーナリストたちがSMCJを経済的に支えることは、現実的に可能でしょうか?

 現在、SMCJに登録しているジャーナリストは、約400人です。この400人が1人1年間1万円ずつの寄付を行えば、400万円が集まります。さらにSMCJが年間200万円の資金を何らかの形で獲得すれば、合計で600万円。SMCJは、何とか存続が可能になります(参照:http://smc-japan.org/?p=3812)。ジャーナリストたちからの対価あるいは寄付によってSMCJを支える路線そのものは、大いに現実的といえます。

 しかしSMCJの意義は、「メディアのためのメディア」であることにとどまらず、すぐれて「社会の皆様、さあ、どう考えますか?」という議論を設定すること・さらに発展させるための土壌作りにあります。この意義に対して、「『受益者』であるジャーナリストたちがSMCJを経済的に支える」という方法は、適切なのでしょうか?

 科学を一方的に専門家から市民に伝える「プロモーション」は、科学コミュニケーション以前にも行われてきました。科学コミュニケーションブームが去ったかどうか、科学コミュニケーションに関心が集まるかどうかと無関係に、今後も行われていくでしょう。

「プロモーション」には極めて分かりやすいゴールがあり、発信者と受信者がおり、受益者もいます。一方、「コミュニケーション」のゴールは設定しづらく、誰かが発信者あるいは受信者であるわけではなく、特定の受益者を設定することも不可能です。明快な意義・分かりやすい効果といったものを求めることが、最初から困難なのです。このことを考えると、「受益者負担」という言葉は、「その受益者って、誰?」という疑問に結びつくのが自然でしょう。少なくとも、科学コミュニケーションの場では、ジャーナリストが一方的に「受益者」であるわけではありません。

 では、科学コミュニケーションは「ブームも去ろうとしているし、もう、いいよね?」ということにしてしまって良いのでしょうか? そんなことはありません。日本で科学コミュニケーションが芽吹こうとしたのは、必要だったからです。その芽は、東日本大震災をきっかけとして、一気に大きく育ちました。しかし、土壌が十分に耕されないまま地上部分だけが大きくチグハグに育ったため、立ち枯れに至ろうとしています。それが私の認識です。

 現在、「科学コミュニケーション」という用語は、広く浸透しています。さらに、理解の深まりや内容の発展を期待していく段階にあるはずです。双方向で、面倒くさく、効率が良いわけではない「コミュニケーション」を社会に根付かせることは、明快な意義や分かりやすい効果がないとしても、やはり必要であるはずです。

 そのために何年が必要なのかは、わかりません。とにもかくにも今、明確なのは、

「日本はSMCJという宝物を手放してはならない」

ということではないでしょうか。

■見えづらいSMCJの役割と意義、せめて見る努力を

 SMCJは「メディアのためのメディア」である以外にも、さまざまな役割を果たしています。「研究者から社会へ」「社会から研究者へ」の双方向コミュニケーションの基盤はまだまだ脆弱ではありますが、SMCJの現在の活動は、その脆弱な基盤の強化に貢献してきました。むろん、「双方向」である以上、たとえば原発推進原発反対の両方の立場からの、あるいは東京電力自然エネルギー大手の立場からの意見が、活発に提出されて交わされることが理想ではあります。そのような、数多くの立場を代表した企業が協賛を行い、SMCJのトップページにロゴを並べる日が来れば……。

 たいへん楽しい妄想です。しかし現在ただいま、妄想をふくらませる余裕はありません。Yahoo!ニュース「おかしいことには『おかしい』と言おう」(http://bylines.news.yahoo.co.jp/miwayoshiko/)などを通じて、私はこれから、役割や機能が分かりやすくない・効果が測定しづらい・カネにはならない・しかし重要なことは間違いないSMCJのさまざまな側面について、伝える努力をしていこうと思います。もしかすると「時すでに、ちょっと遅すぎるかな?」かもしれませんが、そのような地道で「タルい」努力以外に、SMCJの必要性と重要性を伝えるために有効な手段はないだろう、と思うのです。

 どうぞ、SMCJから発信される情報に、SMCJ自身の状況ともどもご注目ください。

そして、

「なるほど、SMCJを日本からなくすことは、日本から科学コミュニケーションをなくすことかもしれない」

とお考えになったら、直接の寄付を含め、何らかのアクションをご検討いただければ幸いです。

 もし本年2015年、SMCJが活動を継続できなくなったら、それは「日本における科学コミュニケーションの終わり」以外の何でもないでしょう。将来、科学コミュニケーションの意義や効果を明らかにする可能性を消さないためにも、今、SMCJが存続することは極めて重要です。

■プロフィール
1963年、福岡市長浜生まれ。高校卒業後、東京理科大学理学部第二部物理学科在学中より、研究所に研究補助員として勤務し、化合物半導体に関する実験・計測に従事。同大学大学院修士課程終了後、企業内研究者として10年間を過ごした後、フリーランス・ライターに。当初の科学・技術に加え、現在は科学政策・社会保障社会福祉も守備範囲とする。著書は『生活保護リアル』(日本評論社、2013年)、『いちばんやさしいアルゴリズムの本』(技術評論社、2013年)、『おしゃべりなコンピュータ 音声合成技術の現在と未来』(共著、丸善出版、2015年)など。2014年4月より、立命館大学先端総合学術研究科に在学し、生活保護制度の研究を行う。