日本学術会議が「日本の展望―学術からの提言2010」を発表した。
14の提言と31の報告という、かなりの量の提言、報告だ。
まだ一部しか読んでいないが、若手研究者のキャリア問題や科学コミュニケーションなど、私が関心深い話題も取り上げられている。
「日本の展望―学術からの提言2010」(PDF形式)から、若手研究者のキャリアの部分だけ引用する。
提言6:若手研究者育成の危機に対応する早急な施策の実施
博士課程在学者を研究職業人と位置づけ、経済的自立を可能にする公的支援の実現を図り、研究者育成プログラムを充実・改善し、キャリアパスの総合的デザインを用意する必要がある。民間での博士取得者の採用拡大を進めるとともに、国家公務員・地方公務員の大学院卒採用枠の新設、専門職への積極採用などの施策を早急に実施するべきである。
具体的には以下のようなことが書かれている。
特に、大学院で研究者として育った者が研究者として働く場を適切な形で十分に確保できないという点で、若手研究者問題は深刻である。いわゆるポスドクは、常勤職ではない「非正規労働者」である。様々な研究プロジェクト資金により任期付きで雇用され、社会保険の加入率も58%(2005年度現在)で、キャリアや年齢に見合わない低収入に甘んじている。2005年度現在、大学・研究機関(民間企業を含む)921機関において、1万5496人の「ポストドクター等」(博士号取得者および博士課程満期退学者)が、競争的資金などの外部資金や運営費交付金を原資として任期付きで雇用されている。
一方、日本の大学院学生数は、2009年現在で修士課程約16万7000人、博士課程約7万4000人である。これは1990年の約6万2000人と約2万8000人に比べると約2.7倍で、学生数(4年制大学)がこの間約1.2倍増であることから、大学院の重点的な強化が進められたことが分かる。この大学院の拡充強化は、日本の学術研究を支える人材を作り出すために必要な方向であり、先進国との比較において、日本の大学院学生数はまだかなり少ない。学部学生数に対する大学院学生数の比率では、日本は10.4%(2008年)であるが、アメリカが14.3%(パートタイム学生・大学院学生を含むと16.9%)(2005年)、イギリスが22.3%(パートタイム学生・大学院学生を含むと43.5%)、そしてフランスが69.2%であり(イギリス、フランスは2006年)、いずれも日本を大きく上回っている。
さらに近年、理工系大学院の入学者数に深刻な変化がある。修士課程入学者数はほぼ一定であるが、博士課程の入学者数は大幅な減少傾向にある。志望者が比較的多い医学分野でも基礎医学を志望する若者の数は急減しており、人文・社会科学分野でも大学院進学者が大幅に減少している。こうした各分野の入口での減少傾向の原因として、博士号取得者の深刻な就職問題や劣悪なポスドク待遇の問題がある。また、博士課程に進学すると就職の間口が狭まり、博士号を取ってもキャリアにおいてそれほど有利にならないと信じられていることがある。実際、日本社会における理工系出身者の処遇は、文系に比べはるかに悪い。中央省庁のトップクラスに理工系出身者は極めて少なく、諸外国と比べて日本のこの特異さは突出している。企業においても理工系はリーダーになりにくく、生涯賃金にも理工出身者と文系出身者とでは明確な差がある。こうした状況を部分的にでも打開できないと、「科学技術立国」としての日本の将来は暗い。放置すれば欧米諸国のみならず新興諸国に対しても、日本は学術の国際的な地位を喪失しかねない。(38ページから39ページ)
現状分析は、そのとおりだと思う。これは私たちが言ってきたことと同じだ。
で、どうするか。
社会のための人材育成のシステム
現状を改善するために、まず世界や日本社会で学術に携わる研究者がどのような役割を果たし活躍しているかを広めること、大学・研究所・産業界などで若手研究者が伸び伸びと研究に取り組めるポストを増やし、博士号取得者の高度な専門性を認めて処遇改善を図ることなどが基本である。日本では、大学院生や研究員への国の支援は非常に小さい。大学院博士課程在籍者を研究職業人と位置づけ、経済的自立を可能とする公的財政支援を行い、国際的な対等性を確保する必要がある。さらに、大学院では研究者育成プログラムの充実を図り、特に、多様な人材の集まる環境において常に知的刺激に曝され、俯瞰的な視野を養いうる研究現場を形成する必要がある。
具体的な方策の一つは、養成される若手研究者の数が増えたことに見合うだけの「将来の見通しのあるキャリアパスの総合的なデザインとそれに応じたポスト」を用意することである。日本学術会議(第19期)は第2期科学技術基本計画(2001-2005年度)の実施状況のレビューを行い、第3期科学技術基本計画の策定に向けた提言にその必要性を明示している。実際、第3期科学技術基本計画(2006-2010年度)では「人材の育成、確保、活躍の推進」のため特に「若手研究者の自立支援」などを掲げて若手研究者問題に対する取組みが焦眉の課題の一つとされ、一定の支援策が採られてきたが、本質的解決には程遠い状況である。
さらに、若手研究者について、アカデミズム以外での専門職としての処遇に、「官」が率先して取り組むべきである。具体的には、国家公務員や地方公務員採用における「大学院(博士、修士)枠」の新設、高度専門職(図書館司書や博物館・美術館の学芸員など)への博士など大学院修了者のより積極的な採用を進めて、若手研究者の受け皿を作る必要がある。
近年、博士課程の学生の意欲やその能力への不安がしばしば語られる。情報が溢れ、変化が早い時代の中で育ってきた若者が、息の長い努力を要する仕事よりも、結果が得られ易い仕事を好む傾向が生まれたことも一因と言える。例えば国際的調査によれば、日本の中学生の数学・理科の力は世界有数であるが、それらが好きというわけではない。そうした観点から、大学以前の初等中等教育や社会環境において、子どもたちが、自然や社会に触れて新鮮な感動を得たり、ものづくりや社会のあり方に関心を持つ楽しみを発見できる環境を整えることが、極めて重要である
(39ページから40ページ)
いずれももっともではあるが、具体性が乏しい。「「官」が率先して取り組むべきである」とやや他力本願。
学術会議は何をやるのか。具体策があるのか。学術会議はお金がないというが、「官」に任せるだけでいいのか。
やや釈然としない思いがわいてきた。
もちろん、具体的にどうするかは簡単ではない。
ただ、博士を人的資源として、財産として活用するという方向が上からは読み取れない。やはり「失業対策」なのだ。
受け皿作りではなく、この国のため、社会のため、博士を積極活用するという方向にならないか。それはやはり、私たちのような草の根の行動が状況を変えていくしかない。
問題認識が共有されつつあるのは前進としよう。次のステップに向けて、私たちも行動し続けたい。