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朝日新聞「私の視点」2008年7月29日「博士研究員 就職難が招く科学技術の危機」全文

 許可をいただきましたので、ここに全文を掲載させていただきます。

博士研究員 就職難が招く科学技術の危機

NPO法人サイエンス・コミュニケーション代表理事 榎木英介

 理工系の博士号取得者の就職難が言われて久しい。大学院で博士号を取得した研究者の4人に1人は任期つきの研究員になり、契約社員のように不安定な立場で働く。実態は大学や公的研究機関の研究を担う大戦力で、現在1万5千人を超える。

 目指す常勤研究職ポストは限られ、1人の募集に数百人が殺到することもある。研究員としての契約を繰り返さざるをえない者が増え、10%は40歳以上だ。他の職種に転職しようとしても、専門に固執し柔軟性がないといった見方が広まり、博士号取得者を毎年採用している企業は1%に満たない。

 ついに政府は公的機関などの博士研究員となれるのは博士号取得から5年以内に限り、それ以降の支援は打ち切る方向で動き始めた。現在就職難にあえいでいる博士研究員はもう研究職に採用されないことになる。

 このままでは日本の科学技術研究は壊滅的な打撃を受けると懸念する。博士号を取得しても職に困り将来の展望が見えないのなら、優秀な人材の多くが大学院進学をあきらめ、やがて科学技術を担う人材が不足するだろう。現に東大理学系大学院で07年春に博士課程が定員割れ、工学系は以前から外国人留学生で穴埋めしている。万能細胞の研究など先端科学技術研究は現在厳しい国際競争にさらされており、高度な技能や知識を持った人材が必要とされている。諸外国の政府機関や企業は博士研究員を大量雇用している。しかし、日本では博士研究員を切り捨てようとしている。

 政府は留学生を30万人に増やし、高度技能を持った人材を積極的に受け入れる方針を示した。しかし、各国間で人材獲得競争は激化しており、期待通りの人材が集まるとは限らない。これで競争に勝てるのだろうか。将来の科学技術のために、いま直面している科学技術の国際競争に対応するために、政府、大学、企業、教委、市民など様々な立場の人が博士研究員の活用法を考えるべきだ。

 せっかく国費を投入して育成した博士に活躍してもらわない手はない。研究に従事し最先端の知識、技能を身につけた博士研究員の能力は、様々な場面で役立つ。中小企業も博士研究員の能力の高さに気が付き、採用し始めた。市民と科学をつなぐイベントに「科学の大使」として使われてもよい。博士研究員は自ら積極的に活躍の場を求め、その状況に適応しつつ能力を発揮してほしい。

 資源に乏しい日本では人材こそ資源だ。おりしも超党派で提出された研究開発力強化法案が国会で成立し、若手研究者の積極活用が明記されている。これを機に博士研究員の能力が社会に有効活用されることを願う。