以下メルマガの編集後記に書いた内容だ。
残念ながらメルマガには字数制限があるので、一部削ってしまった。完全版を以下に掲載する。
【50年の歴史とともに】
■ふと本屋で手に取った「生命誌 年刊号 Vol45−48」1)に書かれていた記述に目が留まった。奈良先端大名誉教授の吉川寛博士の文章だ。
職業として科学者を選んだわけですが、研究さえしていれば良いと思ったことはありません。市民としての科学者の在り方を常に考えてきました。例えば自分たちが研究を続けられるという状況をどう考えればいいのか。誰かが研究者の声を代弁するのではなく、研究者一人ひとりが考え、必要があればまとまって行動することも大事です。若い研究者の就職難は、半世紀前から問題となっていました。大学院の時に生化学若手の会を結成したのはそういう背景があったのです。ぼくは2代目の会長を務め、ポスドク制度の充実を訴えました。
■私は、この文章を読んで生化学若い研究者(略称生化若手の会)2)の歴史の重みを感じた。吉川博士や香川靖夫博士など、日本の生化学を担った方々が立ち上げたこの会が、早くも50年以上前にポスドク問題に取り組んでいたのか、と思うと、その歴史の末端にいることに、私は誇りを感じる。
■いまや人気ブロガーの柳田充弘氏3)も生化若手の会の会員で、今と変わらず熱く語っていたことが記録に残っている。生化若手の会は1970年代末にはオーバードクター問題に取り組み、アンケート調査などを行っている4)。
■90年代には隅蔵康一さん5)などがリーダーシップを取り科学と社会の関係に注目し、90年代後半には有志が研究者を取り巻く問題を議論し、その一部が、科学ジャーナリストの方々などとともにNPO法人サイエンス・コミュニケーションを立ち上げた。生化若手は今でも科学コミュニケーションなど常に新しい課題に取り組み続け、現在に至っている。現在科学と社会の境界面で活動しているグループのある部分が、生化学若い研究者の会にオリジンを持っていることを考えると、この会の果たしてきた役割は決して小さなものではなかったと考えている。
■50年前にはポスドク問題、35年前には大学と社会のあり方、25年前にはオーバードクター問題に取り組み、現在は科学コミュニケーションに取り組んでいる。このように40年にわたり常に時代の抱える問題に取り組み続けてきた。この姿勢や精神は評価したいし、誇りに思う。この歴史はきちんと記録すべきだと思う。しかし、果たして有効な効果があったのか考えると、疑問を感じざるを得ない。
■さまざまな問題に取り組んだ「若手」たちも、いずれ若手ではなくなり、会を去っていく。その中には教授となり、後進を指導する立場になる者も出る。問題意識を持った人たちが大学の内部に入り込んでいけば、大学の現場も大いに変化したことだろう。しかし、現実はどうだろうか。
■オーバードクター問題にしても、文部省(当時)に陳情に行くなど活動したが、その後のバブルやベビーブームが問題をあいまいなまま先送りにしてしまった。
■歴史を評価しつつも、歴史から教訓を得ることも大事だ。生化若手の会の歴史から、今何を学ぶべきだろう。
■ひとつは年代を限定せず、幅広い層を巻き込んだ活動にすること、もうひとつは、研究者の待遇改善のような研究者コミュニティ内部の活動にとどまるのではなく、広く社会や市民の支持を得られるような活動をすることだろう。
■そして最後に学ぶべきは、「生化学」といった狭い領域に限定せず、同種の若手の会などと幅広く緩やかな連携をし、数の力を得ることだろう。
■幅広くなればなるほど、利害は複雑になり、意見も一致しなくなる。それでも、各領域が個々にやっているようなポスドクや大学院生の就職問題などは、共通する部分も多い。そういう部分で連携して行動を起こしていくことも重要になる。コンソーシアムのような緩やかな連携体を作り、まずは顔をつきあわせた議論をすることもひとつの方法だ。
■私が生化学若い研究者の会の内部ではなく、生化学以外、研究者以外の方とともにあらたにNPO法人を立ち上げたのは、もちろん若手を卒業したから、というのもあるが、上のような反省をもとにしたのも理由だ。隅蔵さんのようなOBが、科学と産業の境界領域で活躍し、知財政策に影響を与えているのも刺激になっている。
■私たちNPO法人サイエンス・コミュニケーションは科学政策決定に現場の研究者や市民の声を反映させるためにはどうすればよいかを考え続けている。まだまだ研究は始まったばかりだが、50年の歴史を背に、具体的かつ有効な手段を作り出していきたい(榎木英介)。
1)観る―生命誌年刊号Vol.45~48
中村 桂子 (編集) (2006/04) JT生命誌研究館
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4788509865/nposciencecom-22/
2)生化学若い研究者の会ホームページ
http://www.seikawakate.com/
3)柳田充弘の休憩時間
http://mitsuhiro.exblog.jp/
4)検証・なぜ日本の科学者は報われないのか
サミュエル コールマン (著) (2002/03) 文一総合出版
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4829900652/nposciencecom-22/
に調査報告が引用されている。
5)隅蔵康一氏のホームページ
http://www.smips.jp/sumikura/