本日発行のメールマガジンに、科学技術基本計画案を解説した文章を書いた。
今までこのブログに書いてきたことをちょっと縮めてダイジェストにしている。こちらにも掲載する。
【第3期科学技術基本計画案を読む】
■第3期科学技術基本計画の案である「科学技術に関する基本政策について」に対す
る答申(案)が、現在一般の意見を募集している。
http://www8.cao.go.jp/cstp/pubcomme/kihon/kihonseisaku.html
■第3期基本計画は、来年からの5年間の科学技術政策の方向を示すもので、研究者のみならず、市民生活にも関わってくる重要な文書である。御一読を是非お勧めする。
■とはいうものの、43ページもある文章のため、いきなり読んで意見しろ、といわれても難しいものがある。ここでは、ポイントと思われる部分だけかいつまんでご紹介したい。
■この答申は5章からなる。第1章は基本理念について述べている。
■科学技術基本計画は、国歌戦略として科学技術を振興することにより、産業や基礎科学を強化し、国際競争力を得るのが目的である。この方針の下、第1期、第2期の基本計画が立案され、実行されてきた。第3期はどのような方向でいくのか。
■「第1期、第2期基本計画期間中を通じた投資の累積を活かし、様々な面で強まる社会的・経済的要請に応えていくためには、第3期基本計画は、社会・国民に支持され、成果を還元する科学技術を目指し、説明責任と戦略性を一層強化していくことが求められる。その戦略の基本は、質の高い研究を層厚く生み出す人材育成と競争的環境の醸成、科学の発展と絶えざるイノベーションの創出に向けた戦略的投資及びそれらの成果還元に向けた制度・運用上の隘路の解消であり、このような多様な政策課題への挑戦が今後5年間の科学技術の使命である。基本計画はこうした基本認識に基づき、総合科学技術会議の主導の下、政府全体で着実に実行すべき主要施策を提示するものである。」(P1)
■第3期は、第2期に立てられた3つの理念に目標が付記されている。
■理念1 人類の英知を生む
〜知の創造と活用により世界に貢献できる国の実現に向けて〜
◆目標1 飛躍知の発見・発明− 未来を切り拓く多様な知識の蓄積・創造
(1) 新しい原理・現象の発見・解明
(2) 非連続な技術革新の源泉となる知識の創造
◆目標2 科学技術の限界突破− 人類の夢への挑戦と実現
(3) 世界最高水準のプロジェクトによる科学技術の牽引
理念2 国力の源泉を創る
〜国際競争力があり持続的発展ができる国の実現に向けて〜
◆目標3 環境と経済の両立− 環境と経済を両立し持続可能な発展を実現
(4) 地球温暖化・エネルギー問題の克服
(5) 環境と調和する循環型社会の実現
◆目標4 イノベーター日本− 革新を続ける強靱な経済・産業を実現
(6) 世界を魅了するユビキタスネット社会の実現
(7) ものづくりナンバーワン国家の実現
(8) 科学技術により世界を勝ち抜く産業競争力の強化
理念3 健康と安全を守る
〜安心・安全で質の高い生活のできる国の実現に向けて〜
◆目標5 生涯はつらつ生活− 子どもから高齢者まで健康な日本を実現
(9) 国民を悩ます病の克服
(10) 誰もが元気に暮らせる社会の実現
◆目標6 安全が誇りとなる国− 世界一安全な国・日本を実現
(11) 国土と社会の安全確保
(12) 暮らしの安全確保
■この目標を達成することにより、以下のことを目指しているという。
(世界への貢献) ★ 人類共通の課題を解決
★ 国際社会の平和と繁栄を実現
(社会への貢献) ★ 日本経済の発展を牽引
★ 国際的なルール形成を先導
(国民への貢献) ★ 国民生活に安心と活力を提供
★ 質の高い雇用と生活を確保
■さて、理念や目標はこれくらいにして、具体的なところをみていこう。第2章は科学技術の戦略的重点化である。
■今回の基本計画では、2期よりの「重点推進4分野」(ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料)に加え、「推進4分野」(エネルギー、ものづくり技術、社会基盤、フロンティア)に重点配分すると明記してる。(P11)
■第3章科学技術システムの改革では、人材の育成、確保、活躍の促進として、(1)個々の人材が活きる環境の形成と(2)大学における人材育成機能の強化、(3)社会のニーズに応える人材の育成、(4)次代の科学技術を担う人材の裾野の拡大を挙げている。
■(1)では公正で透明性の高い人事システムの徹底、若手研究者の自立支援、人材の流動性の向上、自校出身者比率の抑制、多様で優れた研究者の活躍の促進を挙げてる。このなかで、「ポストドクターに対するアカデミックな研究職以外の進路も含めたキャリアサポートを推進するため、大学や公的研究機関の取組を促進するとともに、民間企業等とポストドクターの接する機会の充実を図る」と述べている点が目をひく。
■(2)では、大学院教育の抜本的強化や博士課程在学者への経済的支援の拡充などを挙げている。「博士課程(後期)在学者の2割程度が生活費相当額程度を受給できることを目指す」と数値目標が明確に示された点が注目に値する。
■(3)では、まず産業界との人材交流を挙げる。博士号取得者の産業界等での活躍促進として「、学生はもとより、大学、産業界等が、博士号取得者はアカデミックな研究職のみならず社会の多様な場で活躍することが望ましいとの共通認識を持つことを期待する」と述べている。
■また、知の活用や社会還元を担う多様な人材の養成として、知的財産・技術経営、科学技術コミュニケーターの養成を挙げる。後者は私たちにも関心が深いので、引用させていただく。
■「科学技術を一般国民に分かりやすく伝え、あるいは社会の問題意識を研究者・技術者の側にフィードバックするなど、研究者・技術者と社会との間のコミュニケーションを促進する役割を担う人材の養成や活躍を、地域レベルを含め推進する。具体的には、科学技術コミュニケーターを養成し、研究者のアウトリーチ活動の推進、科学館における展示企画者や解説者等の活躍の促進、国や公的研究機関の研究費や研究開発プロジクトにおける科学技術コミュニケーション活動のための支出の確保等により、職業としても活躍できる場を創出・拡大する。」(p19)
■(4)では、知的好奇心に溢れた子どもの育成、才能ある子どもの個性・能力の伸長について触れている。
■科学技術システムの改革としては、もうひとつ科学の発展と絶えざるイノベーションの創出を取り上げている。ここでは、競争的資金の改革について触れている。
■注目すべきは以下の記述である。
「各制度を支えるプログラムオフィサー(PO)、プログラムディレクター(PD)について、制度の規模に見合う人数で、これらの職に適切な資質を備えた者を確保できるよう、処遇に配慮する。また、大型の制度を中心として、できるだけ早期にPO・PDを専任へ転換していく。さらに、PO・PDが研究者のキャリアパスの一つとして位置付けられるよう、研究者コミュニティ全体が、PO・PDの職務経験を適切に評価することを期待する。」(p23)
■その他、大学改革や研究費制度、産学連携についても述べている。
■大学や公的研究機関による研究者のエフォート管理では、「各研究費制度において、研究費が人材の育成・活用に充てられるよう努めることとし、必要な制度改善を行う。これにより、博士課程在学者への生活費相当額程度の支給により若手を育成することや、ポストドクター・研究支援者・外部研究人材等への人件費の措置によって若手研究者が自立して研究組織を編成すること等を促進する。」(p31)と述べられている点が注目に値する。
■科学技術システム改革についてはもう一つ、科学技術振興のための基盤の強化について述べられている。設備の強化から、学協会の改革まで幅広い。
■第4章では「社会・国民に支持される科学技術」として、倫理問題や科学者の説明責任、科学政策への国民参加について触れている。すこし詳しくみてみよう。
■1.科学技術が及ぼす倫理的・法的・社会的課題への責任ある取組では、生命倫理やナノテクノロジーを取り上げ、対応を強化していくと述べている。こうした領域での研究ルールつくりのために、総合科学技術会議と日本学術会議の役割が重要であるとしている。
■2.科学技術に関する説明責任と情報発信の強化では、国民から科学技術に支持をえるために、成果の還元と分かりやすい説明が必要であるとして、「研究機関・研究者等は研究活動を社会・国民に出来る限り開示し、研究内容や成果を社会に対して分かりやすく説明することをその基本的責務と位置付ける」としている。(p41)
■またアウトリーチについては、「研究者等と国民が互いに対話しながら、国民のニーズを研究者等が共有するための双方向コミュニケーション活動であるアウトリーチ活動を推進する。このため、競争的資金制において、アウトリーチ活動への一定規模での支出を可能にする仕組みの導入を進める」と明記している。
■3.科学技術に関する国民意識の醸成では、科学技術リテラシーを高めることが重要であり、「科学技術リテラシー像(科学技術に関する知識・技術・物の見方を分かりやすく文書化したもの)を策定し、広く普及する」、「幼少期から高齢者まで広く国民を対象として、科学技術に触れ、体験・学習できる機会の拡充を図る」と述べている。このために日本科学未来館やNPOの活用、研究施設の公開や出前授業を推進するとしている。
■4.国民の科学技術への主体的な参加の促進では、「各府省が、社会的な影響や国民の関心の大きな研究開発プロジェクトを実施する際、その基本計画、研究内容及び進捗状況を積極的に公開し、それに対する意見等を研究開発プロジェクトに反映させるための取組を進める」としており、我々のようなNPOにとってはどのような取組がなされるのか注視したいと思う。
■第5章は総合科学技術会議の役割について述べている。「社会・国民から顔の見える存在となるべく、科学技術と社会・国民との間の双方向のコミュニケーションや国民意識の醸成に努め、「社会・国民に支持され、成果を還元する科学技術」を目指す」としており、注目したい。(p43)
■少し長くなり申し訳ないが、以上今回の答申を概観してみた。舌足らずで分かりにくい面もあると思うので、時間があれば是非提言を読んでほしい。
■今回の基本計画では、私たちが主張してきた若手研究者の自立、大学院生の経済支援、科学技術における双方向コミュニケーションの推進を含め、様々な現場の希望が取り入れられている。そういう意味で、私たちはこの計画を基本的に評価したい。
■もちろん重要なのはこれらの計画がどの程度実行に移されるのかということである。たとえば最近「日経ビジネス」で指摘されたように、産学連携など科学技術予算がある種の公共事業と化しているいう懸念もある。
■また、科学技術における双方向コミュニケーションがどの程度なされるのか、一方向の「欠如モデル」的なアウトリーチにならないのか、不安に感じる面もある。
■この計画を評価しつつも、問題点を指摘し、今後とも厳しい目で見つめていく必要があると感じている。
■近年ブログや掲示板などで、現場の研究者が様々な声を挙げている。今回の計画では、それらの声に応えているような政策も多い。しかし、現場の研究者の意識は低く、科学技術基本計画の存在すら知らない人さえいるという。
■研究者側も、政府から投げかけられたボールに何らかの意思を表示するのではないか。是非みなさんも、意見募集に応じてほしい。締め切りは12月11日である。