科学・政策と社会ニュースクリップ

科学政策や科学コミュニケーション等の情報をクリップしていきます。

 AAAS 年会に行ってきました(その4)

横山 雅俊(#phdjp 科学と社会ワーキンググループ主宰)
CQD01677@nifty.ne.jp(main; text/plain only, no whole-quote)

 先般のメールマガジンサイコムニュース '14 年 1/27 付号)で述べた通り、さ
る 2/13〜17 にわたって米国シカゴで開催された全米科学振興協会(AAAS;American
Association for the Advancement of Science)の年次総会に行って来ました。
http://meetings.aaas.org/

 その模様を4回の連載でお送りしています。
 最終回となる第4回の今回は、過去3回で述べてきた内容と AAAS の出自などを踏
まえて、全体の総括と日本の科学コミュニケーションの今後への展望に関する私見
述べます。

1)そもそも AAAS とはどんな組織なのか
 今回の年会を主催するのは、「全米科学振興協会(AAAS)」。世界的にも著名な組
織で、日本でもかなりの人に知られている存在ですが、余り深くは理解されていない
かも知れません。ここで簡単にご紹介します。既に数多ある文献などと内容が重複し
ますが、御容赦下さい。

 AAAS は世界最大級の NPO 法人で、その会員数は 10 万人以上、関連する学会まで
含めると実に 1,000 万人以上。その使命は無理に一言で云えば「科学技術の振興」
ですが、その基本理念の内容は一筋縄ではありません。
 詳しくは、AAAS 公式サイト内の
http://www.aaas.org/about-aaas
...をご覧頂くとして、その「使命」を自己流で和訳してみると以下の通りになります。

「AAAS は“全ての人の利益のために世界中の科学、工学、技術革新の推進”を求め
る。この使命を満たすため、AAAS 理事会は以下の幅広い目標を設けてきた。
 ・科学者、技術者、大衆の間のコミュニケーションを促進する。
 ・科学とその利用の誠実さを奨励し、守る。
 ・科学技術に取り組む企業への支援を強める。
 ・社会問題に関する科学へ向けた声を届ける。
 ・公共政策において科学の責任或る使用を推進する。
 ・科学技術を担う労働力を強化し多様化する。
 ・万人にとっての科学技術教育を育成する。
 ・科学技術への大衆の関与を増やす。
 ・科学の国際連携を推進する。」

 AAAS の設立は 1848 年。江戸時代末期の大政奉還が 1867 年ですから、それ以前
から存在するわけです。
 年会の歴史も古く、今回のシカゴで第 180 回。日本で古くからある学会というと
日本物理学会日本数学会の源流である東京数学物理学会が 1877 年設立、現在も
そのままの形で続く日本薬学会が 1880 年設立。昨春の日本物理学会年会が第 68 回
。去年筆者が発表した日本薬学会の年会が第 133 回。一つの学会による守備範囲の
広さと内容の深さ、その歴史を鑑みるに、日本でそれに相応する学会や学術団体は..
.となると、思い当たるものがありません。
 AAAS の事業内容は実に幅広く、学術誌及び書籍などの発行、キャリア開発支援、
科学技術政策関連、教育支援及び教育プログラム提供、国際連携、各種顕彰、奨学事
業、各種情報発信、人権問題や社会問題への取り組み、寄付受付、一般企業の参画促
進等々、実に多彩です。そこに着目すると、強いて云えば、日本では科学技術振興機
構(JST)が対比可能と言えますが、こちらは国の独立行政法人であって、AAAS のよ
うな非営利団体ではありません。且つ、事業内容の幅と厚みという点でも、JST の扱
う内容(研究費支援、研究成果展開支援、国際連携、研究戦略、知財戦略、人材育成
支援、科学コミュニケーション推進、理科教育支援、キャリア開発支援等)と比べる
と、日本には日本の強みがあることを認めた上でなお、AAAS が大なり小なり JST
しのいでいる側面が多くあると言えそうです。尤も、日米の科学コミュニティと市民
社会との関係の成り立ちは歴史的に異なるので、その比較も本来一筋縄でいかないの
ですが...。

 また、上記で述べた「使命」から容易に分かる通り、多くのセクタ間の対話や協同
を AAAS は非常に重視しています。専門家と技術者や市民との間の対話、市民の科学
技術(教育、研究、政策、社会実装など)への参画など、科学技術を研究者や技術者
などの独占物とすることなく、広く社会で、人類全体で共有していくことを推進する
姿勢を鮮明にしています。AAAS の歴史的経緯に思いを馳せれば、一連の活動は科学
コミュニティのアドボカシー(権利擁護、唱道)を大なり小なり含むものと言えそう
です。ただ、その実現のために対話と共有を重視することで、科学コミュニティの確
固たる立ち位置を社会に築こうとしていることが、AAAS の活動内容や成果において
、随所に感じられるのです。

 今回の年会では、その全てが見事に表現されていると思います。

2)見所と問題意識その1;部会とセッションのオープンさ
 何が最大の驚きかといえば、筆者にとっては Section Business Meeting でした。
 AAAS には全部で 24 の「部会」があり、その各部会の会議(それを Section
Business Meeting と呼びます)が全ての登録参加者に公開で実施されています。そ
の 24 個を全部列挙すると、以下の通りです;「農業、食物、再生資源」「考古学」
天文学」「大気水圏科学」「生命科学」「化学」「歯科学及び口腔衛生学」「教育
」「工学」「科学や工学への一般的興味」「地質学及び地理学」「科学史・科学哲学
」「産業科学技術」「情報、演算、コミュニケーション」「言語学・言語科学」「数
学」「医科学」「神経科学」「薬学」「物理学」「心理学」「社会科学、経済学、政
治学」「科学と工学の社会的影響」「統計学」。
 その気があれば、誰でもそうした部会に参加して、年会の企画案や何らかの政策な
どを提案することも出来るのです。日本の学会で、そうした事例はどれだけあるでし
ょうか? いや、基本的にはその学会に入会すれば、年会でのシンポジウムやワーク
ショップ等の提案は誰でも出来るのですが、在野の研究者や一般企業の関係者がそう
した関与を普通にしている学会の例を筆者は寡聞にして殆ど知りません(さすがに皆
無ではなく、一部の事例は直接知っていますが、より詳しくご存じの方は是非ご教示
下さい)。

 いや、それどころか、基本的にはどの各種学術セッションも全ての参加者に開かれ
ているのです。いわゆる口頭セッションも、ポスター発表も、ワークショップも、ブ
ース出展も。一部の招待者限定の企画を除けば、殆ど全ての企画が全ての参加登録者
に開かれています。更に、左記の各企画への登壇や出席も、何らかの科学研究や技術
開発に、或いは科学と社会の接点にある問題群への取り組みに関心や熱意、実績など
のある全ての人に対して、事実上開かれています。

3)見所と問題意識その2;在野関係者の力量と科学コミュニティの裾野の広さ
 ことに、連載第2回で少々言及した市民科学のセッションに至っては、在野の研究
者やボランティアによる科学研究への参画の事例が紹介されているほどで、問題を定
式化し解決するところまで市民参画型で行われているという点では、そうした事例が
日本において絶対的に少ない点で、彼我の差の甚大さを痛感しました。いや、日本の
市民運動でも、ねばり強い継続的な活動を通じて、広く深い見識を重ねて専門家と伍
するだけの知見や知的体系を築いている事例は少なからずあります(列挙しませんが
、例えば
http://www.shiminkagaku.org/about/works09.html
...等を参照)。しかし、それらの成果を公共の場で世に問うた事例、及びその成功
例の如何に少ないことか。在野の研究者が公の学会や学術雑誌に発表や論文執筆を行
い、或いは研究プロジェクトの責任者や自然科学系の学会の責任者を務めている事例
が、少なくとも戦後の日本においてどれだけあったでしょうか? 己の研究成果に関
する PR 活動(単なるアウトリーチやアピールではない)が、どれだけ出来ているの
でしょうか?
 筆者は、在野の立場で日本生物物理学会で学会誌編集委員を務めた実績があります
。それに類する事例が、戦後の日本の科学コミュニティにおいて、どれだけあったの
でしょうか?
 ことは、日本の科学コミュニティの側(特に専門家や研究者の側)のオープンさだ
けの問題ではなく、在野の市民運動を担う側の力量の問題でもあります。残念ながら
市民運動のコミュニティのレベルにおいて、現状ではその力量の差は日米であまり
に大きいと、筆者には思えてなりません。そして、その力量の差の大きさを、日本の
市民運動や在野の関係者のうち、どれだけの方々がこれを直視し、乗り越えようと努
力できているのでしょうか?

 日本の科学コミュニティは、その内部に数多の問題を抱えながらも、国際的には健
闘していると思います。ただ、その成果や問題意識を科学コミュニティ内の他分野の
関係者や社会と共有するという点では、少なからず課題を抱えていると思われます。
第3期科学技術基本計画の策定以来、国策として推進されてきた科学技術コミュニケ
ーションの推進は、その課題を解決していく糸口として、その担い手のキャリアの必
要性に関する認識の形成も含めて、それなりに成果は残したと思います。ただ、PR
活動(重ねて云うが、アウトリーチやアピールではない)やリスクコミュニケーショ
ン、在野関係者や一般市民の研究活動への参画などの面では、まだ大きな課題を抱え
ていると言えそうです。

4)では、今後の日本の科学コミュニケーションは何を目指せば良いのか
 知的営為のセクタを超えた共有という事例は、実は日本の国内外で既に幾つかあり
ます。
 一例ずつ挙げると、日本では、環境系 NPO の OWS による「造礁サンゴの北限分布
調査」(東京ガス等の支援を受け、国立環境研究所との共同研究として実施)、アメ
リカではコカコーラと自然保護団体世界自然保護基金」(WWF)との連携による水
問題への取り組みが、該当する事例として考えられるでしょう。
http://sango.ows-npo.org/
http://www.wwf.or.jp/activities/2008/10/644131.html
 無論、(日本ではまだまだ事例として少ないながらも)そうした事例は国内外に他
にもあります。

 学術界と市民社会との連携という点では、市民参画型の研究プロジェクトも昨今で
は見られ、また大阪大学熊本大学神戸大学などのサイエンスショップ事業なども
、ここ数年の動きとして認められます。在野の団体でも研究者の集う拠点となる可能
性のある組織は一部にあり、こうした拠点を巧く活用して、在野の人でも、研究者業
界から一度離れた人でも、調査や研究に主体的に参画できる仕組みを作ることが今後
は重要になっていくでしょう。
 そうした場を支えていくためにも、企業の参画をしやすくする仕組み作りや、過日
話題になった「20 %ルール」の普及など、別の生業を持つ人でも研究や調査、科学
的な知の社会的共有のための活動が出来ることの制度化が重要になっていきそうです

 更に突っ込んで云えば、“科学に関する何かの専門家とそれ以外の人をつなぐ存在
”としての科学コミュニケーションを様々な文脈に当てはめると、実は該当する職種
が沢山あることに気付きます。理科教育や大学広報、博物館などの学芸員、科学ライ
ターに限らず、臨床医療従事者、研究開発企業の広報や営業職、技術経営や CSR、行
政の専門職(科学技術、教育、厚生労働、国土交通、経済産業、他)など、左記以外
も含めて、学術的な専門知を駆使してつなぎ役として機能する仕事は沢山あります。
 そうした業種の人材と研究職、研究関連職との人的、知的両面の相互交流が促進さ
れることで、知的な営みの共有や、知的営みの担い手のキャリアパスの創成と多様化
も進むと思われます。そのための制度改革や政財界の意識改革も必要でしょう。

 こうした知的営為の成果を社会全体で共有していく試みを広げていくためにも、ま
た知的営為を担う人たちの交流(知的、人材の両面のみならず、キャリア形成も含む
)のためにも、日本の科学コミュニティ、科学コミュニケーションの関係者、在野の
市民運動の担い手のそれぞれが出来ること、また各々がセクタを超えて連携して出来
ることは沢山あると思われます。科学コミュニティの側が説明責任を果たすために研
究成果を世に問うためのアウトリーチ活動も、在野の市民運動の担い手による“科学
と社会の接点にある問題群”の事例分析や提言も、あるいは入口レベルの理解増進の
ためのお楽しみプログラムも、それらはそれらで大事な取り組みですが、我々はその
先に進まなければいけないでしょう。

5)おわりに
 AAAS 年会をモデルにしたイベント“サイエンスアゴラ”には、科学コミュニケー
ションの“見せ方の見本市”を超えて、セクタを超えて様々な背景の人が集う「ひろ
ば」となり、科学の問題や科学と社会の接点にある問題に関するあらゆる知的営為と
その成果を広く共有するための拠点として機能して欲しい。そして、その場に集うあ
らゆるセクタの方々には、知的営為と向き合うこと、それらを社会で広く共有するこ
との積み重ねや、そうした営みの意義について考えることを大切にして欲しい。サイ
エンスアゴラの第1回から参画している、少数ならぬ関係者の1人として、強くそう
願っています。
 今回の AAAS 年会に参加した経験を通じて、そうした願いが改めて強くなりました。

 今回のアメリカ行きでは、筆者の乏しい財力を多くの方々に助けていただきました。
 その一々は列挙しませんが、多くの方々の思いに支えられて、今回アメリカに行く
ことが出来たと思います。
 簡単な一言で恐縮ですが、そう記して皆さんに感謝します。