科学・政策と社会ニュースクリップ

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内向き志向を超えて

 先週号の巻頭言
「内向き志向」の欺瞞

 に様々な反応をいただいた。現時点でブックマークが150以上ついている。

 この問題は社会的にも関心があるようで、今週一週間だけでも、以下のような記事がみられた。

http://sangakukan.jp/journal/journal_contents/2011/01/articles/1101-01/1101-01_article.html

  • 休学のすすめ-日本が求める人材とは

黒川 清 氏(政策研究大学院大学 教授、前日本学術会議 会長)
http://scienceportal.jp/highlight/2011/110111.html

  • 「内向き志向」批判より大事なことが?

http://scienceportal.jp/news/review/1101/1101141.html

  • 日本人の海外留学生数は増加!若者は内向き志向にあらず(1)

http://www.toyokeizai.net/business/management_business/detail/AC/982429fb948bbed1b8190fd3849ffcba/

  • 東大ブランドは世界には通用しない 灘高トップはエール大学を選んだ

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20110111/217870/


 若干誤解を生んだ表現があったので、説明させていただきたい。

 まず、リスクを負って挑戦した博士が漂っている、という部分。

 ここでは、博士に平等に職を与えよ、セーフティネットを整えよ、と言っているのではなく(博士に限らず、社会としてセーフティネットは必要だが)、何かに挑戦した人の、挑戦したという行為自体を醒めた目でみるような社会の雰囲気が問題なのではないかと言いたかった。

 博士も事業仕分けで「能力低い」と散々な言われようだった。

 挑戦して敗れた、失敗した。けれど、挑戦したことに価値がある。失敗を糧に再挑戦しよう…

 そういうことが言えないと、リスクを負う気にはならないのではないか。

 非常に極端な例ではあるが、紛争地に出かけていき、拘束され、殺害された若者を、その当時「無謀だ」「社会に迷惑をかけた」と多くの人が非難の声をあげたことは記憶にあるだろう。

 たしかに無謀だったと思うが、同じ時期、同様に拘束された西欧各国の人たちは、空港に政府高官が迎えに来るなど、政治的背景を問わず歓迎されていた。

 失敗してもいいじゃないか、と気軽に人は言うけれど、実際失敗したときに「社会に迷惑をかけた」と非難の声を投げかけるようでは、そうおいそれと挑戦などできないではないか。

 挑戦する人は「空気」を乱す人。乱された空気を社会が許容できないのなら、気安く挑戦を奨励するな、といいたい。

 なお、「若者は内向き」は違うと思うが、日本人が内向きかもしれないとは思う。

 どこから内向きかの定義によるが、そもそも明治時代にどれだけの人が外国に行ったというのか。人口比、絶対数ともわずかだろう。もちろん、交通手段の乏しい時代に外国に行く人は、エリート中のエリートだろうし、気概に溢れていただろうが、現代の日本人はその時代以上に外に出ていっている。

 現代と明治時代と、どちらが内向きだろう。大河ドラマを現代の若者に当てはめるようなことは意味がないと言いたい。

 とは言うものの、グローバル化する現代、もっと外に出て行く人が必要だ、という声は重要だ。

 その場合、昔と比較し批判するのではなく、現在のことを考えよう。日本の歴史のなかで、今までにないほど外国に国民を出す、という、前代未聞の時代になったという自覚が必要なのではないか。

 その時必要なのは非難ではなく応援、支援だと思う。

 最後に、経済が傾き、これほど盛んに「外へ出ろ」と言われながら、(若者が、ではなく)国民が今以上に外に出たがらないとしたら、それはこの国にいることに利点があるということなのだろう。

 大学はトップレベルの人材を集め、治安はよい、食事はうまい、言葉は通じる…様々な原因があると思うが、外にでなくても十分やっていけるのなら、出たがらないのは当然だ。

 東大はレベルが低いとよく言われるが、それでもタイムズなどのランキングでは世界20位台。自然科学に至っては、トップ10に入る。欧米各国よりは少ないが、ノーベル賞受賞者を出し続けている。益川さんのように、一歩も外にでないでノーベル賞を取った方も現れた。これはすごいことだ。

 つまり、日本人を惹きつけるという点で、今のところ日本という国は諸外国に優っているのだ。brain drain(頭脳流出)が諸外国で問題になっている中で、これは大きな利点なのかもしれない。

 ただ、そこに満足せず、国民をもっと外に出したいのなら、挑戦させたいのなら、外に出た人、挑戦した人をを猛烈に評価し遇する制度を作るなど、インセンティブを設けるか、あるいは外にでないと生きていけないくらい、国家が破綻するしかない。

 「内向き志向」と個人のせいにしてしまうのではなく、人財をどう育成し、活用していくべきかという点を考えないと意味がないということだ。

 これはあくまで皮肉ではあるが、ポスドク問題の破綻や事業仕分けなどによる科学技術への厳しい評価は、外に出るというインセンティブを高めるのかも知れない…
 

 少しずつ、挑戦する人を応援しようという声が増えてきているような気がする。「内向き志向」を超えて、行動する人が増えることを期待したい