科学・政策と社会ニュースクリップ

科学政策や科学コミュニケーション等の情報をクリップしていきます。

博士号取得者のキャリアデザイン

 現在メールマガジンを編集中だが、キャリアパスについての記事が二つの雑誌に掲載されていることに気がついた。

ニューズウィーク日本版 2006-6・7号(5/31発売)

▼学歴難民クライシス
有名大学や大学院を出たのに、キャリア職から締め出される高学歴者が増殖中。学歴自慢の学生に企業が厳しい視線を向ける理由とは

【雑誌:月刊誌その他】
科学 2006年6月号

▼特集=理系のキャリアデザイン―時代の変化を読む

科学のゆくえとキャリアデザイン 広井良典
理工系人材のキャリアパスと日本のイノベーション・システム 後藤晃
特許訴訟から理系の不遇感を読む 渡部俊也
高い視点と広い視野―品格ある研究の条件 和田昭允
コミュニケーションによる発見―次世代を担う人のために 坂村健

[私流キャリア論]
  線虫との出会い 森郁恵
  セレンディピティ 植村昭三
  理系と文系の,どっちつかず 榊原清則
  わが利己的遺伝子―“熱中と幸福”の軌跡 向後元彦

[コラム]
  コラム理工系学生のキャリア意識の変化 山本貴史

 ニュースウィークのほうの記事には、京都大学で博士をとった人が、従業員7名の会社で事務員として働いているといった例が挙げられている。

「企業が知りたいのは、研究を通して見えてくる取り組み姿勢や思考能力。それをはき違えて自分の研究内容を詳細にアピールされても「いちいち理解できないし、鼻につくだけ」」

「企業側に言わせれば、日本の高学歴者は使えない。日本経団連が03年に124社を対象に行ったアンケート調査では、2割の企業が技術系で採用した博士に不満と回答した。最大の理由は、狭い専門分野の仕事しかできないことだ。「大学が、社会のニーズに合った教育をできていないのも問題だ」と、慶応大学商学部樋口美雄教授(労働経済学)は言う。」

「国の無責任な政策が高学歴難民予備軍を増やした面がある。」

「短期的には、学生側が考えを改める以外の特効薬はない。」

 科学のほうは、後藤晃氏の論文「理工系人材のキャリアパスと日本のイノベーション・システム」が鋭い分析をしている。

「日本の大企業が近年までは、文章や図式とった形でコード化することが困難な暗黙知を共有し、生産や販売の現場の知識を共有することを通じて強い競争力を生み出してきた」

「このような志向性のもとでは、社内の教育と経験が極めて重要だからである。」

「産業界においても、技術開発においては暗黙知や擦りあわせに加えて、高度な科学的知識の重要性が増大しており、潜在的にはそのような知識を身につけた人材への需要は増えているはずである。」

 だいぶ見えてきたような気がする。

 博士の専門性は評価されているものの、それだけでは使えない。

 後藤氏は「科学技術人材の活動実態に関する日米比較分析〜博士号取得者のキャリアパス〜報告書」(科学技術政策研究所、?日本総合研究所(2005 年 3 月))を引用して、以下のように述べている。

「理工系の高度な人材の需要調整には、博士号を取得する過程での環境、教育が重要であるように思われる。博士課程において、米国でいわれるような能力を身につけることができれば(編注;マルチディシプナリーな専門能力を有しており、研究計画を立案し推進しその中で生ずるさまざまな問題に対処する経験や能力)、本人にとっても、雇用する側にとっても大きなプラスとなるであろう。」

 現在のポスドクや博士の就職問題は、需要と供給のミスマッチという面が強い。それは日本企業が中国などで技術者を養成しようとしている報道などからも分かる。

 文部科学省 科学技術・学術審議会 人材委員会が出した「多様化する若手研究人材のキャリアパスについて(検討の整理)」によると、科学技術人材は将来的に不足する可能性もあるという(研究人材の将来需給について(PDF:373KB) )。

 そう考えると、「余っているなら博士課程の定員をへらすべき」というような単純な問題ではない。社会の求める人材と、大学が生み出す人材の間にギャップがあるかぎり、博士が減っても減った博士の行方は厳しい。

 後藤氏が言うように、「大学と企業、そして政府が協力して、日本において理工系の学生が実り多いキャリアを歩むことができ、日本のイノベーションシステムに貢献することを可能にするような適切な制度、プログラムをいっそう工夫していくことが何よりも必要」だ。

 しかし、ニューズウィークが指摘するように、今の段階は過渡期であり、博士号取得者自身が意識を改め、自らの能力を鍛えていく以外に方法はないだろう。

 先に挙げた「科学技術人材の活動実態に関する日米比較分析〜博士号取得者のキャリアパス〜報告書」には、博士課程の学生の7割が大学や公的機関に就職することを望んでいることが示されている。

 博士号取得者は、就職先を大学などに固執しないこと、専門能力だけでなく,コミュニケーション力、マネジメント力といった、研究リーダーとしての能力を身につけることが求められている。

 4月12日に科学技術関係人材のキャリアパス多様化促進事業の採択機関が発表されたが、こうした事業が有効に機能するためには、博士課程の学生やポスドク自身が積極的かつ主体的に関わっていくしかない。

 少々たとえが悪いが、ロバを水場に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできないのだ。


 サイコムジャパンでは、前身の研究問題メーリングリスト時代の2000年3月に「第一回研究問題メーリングリスト・シンポジウム 広がりつつある理工系出身者の活躍の場」を開催した。

 また、現在「大学院進学ガイド」を作成中である。編集作業が当初の予定より遅れ気味ではあるが、今年中には刊行できる見込みだ。

 さらに来月7月16日(日)には、「サイエンスコミュニケーション夏の学校 〜若手理系人のキャリアチェンジ:その問題点と解決の方向性を探る〜」を開催する。

 私たちは、以上のような活動を通じて、大学院生やポスドクの意識改革を促し、博士号取得者にコミュニケーション能力、プレゼンテーション能力、論理的思考など社会の様々な場で不可欠な能力を身につけてもらえるようにしたいと願っている。

 専門性に加えてこうした能力を身に付ければ、道は開けると信じたい。

 なお、博士号取得者のキャリア問題は政策の問題でもあるので、そのあたりのことは「科学技術政策研究会」(6月11日(日)開催)でも議論していきたいと思っている。