科学・政策と社会ニュースクリップ

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ポスドクをどうするか

 こんなニュースが飛び込んできた。

文部科学省のポスドク救済事業、内示額は要求額の約半分に

 ホームページの作成やイベントの開催は効果がないとされたそうだ。

 このポスドク事業には、各方面から懸念や不安が表明されている。サイコムジャパンの理事の奥井さん(博士の生き方)も、ポスドク派遣社員にしてしまい、名目上ポスドク問題は解決した、とされてしまうことに警戒感を表明している。また、彼は今回の事業でポスドクが今回の事業においては「消費者」であるという視点を完全に忘れ去っていると指摘している。

 つまり、消費者であるポスドクのニーズを踏まえないトップダウンの事業をしようとしているのではないかという指摘だ。

 また、このポスドク事業には、「ポスドクばかり優遇されている」との声も聴かれる。

 ニートやフリーター対策など、やるべき施策はたくさんある。機会平等という視点も重要だ、そのなかでポスドク対策とはどういう位置を占めるのだろう。

 考えると、ポスドク対策は裕福層をさらに富ませる対策なのではないか。博士になるような人たちの社会階層に関するデータは手元にないが、ポスドクたちは社会的に裕福な層が多いような印象がある。

 そんなポスドクにお金を投じることは、優遇された者をさらに優遇させるだけではないか。

 このあたりのことは、このブログのエントリー「7億円は無駄遣いか」で論じさせていただいた。

 そうこうしているうちに、東北大の大隈先生のブログで、ポスドク問題に関する記事が掲載され、熱い議論が戦わされている(ポスドクのキャリアパスについて)。ポスドク問題が著名研究者のブログで取り上げられると、いつも熱くなる。それほどこの問題が関心をもたれているということだろう。

 私自身はポスドク支援事業に対する意見をあまり書いてきていない。実のところ考えがまとまっていなかったというのが現実だ。

 というのも、私はかねがねいろいろな場で、ポスドクや博士の就職難を訴えてきたからだ。ポスドクや博士は多彩なキャリアパスを見つけるべきだ、と述べてきているし、キャリアカウンセリングを充実させろ、と言ってきた。今回の事業はある程度評価したい気持ちがある。ここ数年の私たちの提言が取り入れられたとも言えるわけで、評論家めいて批判をする気にはなれない。

 ただ、違和感を感じているのは事実だ。

 私が考えていたのは、ポスドク向けの職場を無理やり作る、というのではなく、ポスドクの能力を有効活用できる場を増やしてほしい、ということだし、また、職種を民間企業に限定しているわけではない。

 アメリカでは、実に多彩な職種に科学研究の経験がある人材が進出している(たとえば「Alternative Careers in Science: Leaving the Ivory Tower (Scientific Survival Skills」参照)。

 もちろん、企業との「お見合い」やインターンシップを推進することは重要だ。大隈先生のブログに書き込んだ企業の方は、明らかにポスドクを「食わず嫌い」している。ポスドクを「使えないトウのたった輩」と決め付けている。こうした偏見を取るには、実際にポスドクとあって話をして働いてもらうしかない。

 たた、不況下の民間企業にポスドクを押し付けるというような状況になってはいけない。今回の事業をどのような事業者が取るか分からないが、あくまでポスドクの能力が発揮され、本人にとっても、就職先にとってもハッピーな状況を作り出さなければならない。


 「ポスドク」とひとくくりにしても、ピンからキリまで人それぞれである。即戦力として組織に役立つ人材もいるだろうし、すぐには能力を発揮できないシャイな人材、不器用な人材もいるかも知れない。残念ながら少々不器用な人材が多いかも知れない。人付き合いなどで不慣れな人が多いからだ。

 私はポスドクや博士の多くは、非常に優れた能力を多く持っていると思う。

 研究を仕上げ論文を書き、発表をするというのは、相当に高度な能力だと思う。ポスドクともなれば、後輩の指導をしたり、ラボを実質仕切ることもあるだろう。こうした能力は決して馬鹿にできない。

 こうした能力にほんのちょっと、たとえばライティングの能力や社交能力を加えれば、彼らは社会の多彩な場で活躍できるのではないか。

 ポスドクを社会の多彩な場で活躍させるには、こうした付加価値をつけるトレーニングが必要だ。

 最後に述べたいのは、ポスドクや博士自身の意識改革である。

 ポスドクはある種の政治問題だし、政治を動かさないと解決できない問題もあるかと思う。

 しかし、ポスドクだろうとなんだろうと、自分の人生なのだから、能動的に道を切り開かなければならない。

 残念ながら今のポスドクを見ていると、ポスドクが受身であるように思えて仕方ない。

 これが杞憂なら幸いだが、誰かが何かをしてくれるのを待っていても、事態は変わらない。政治が動くのを期待するだけでなく、政治に働きかけなければ何も変わらないし、また、政治に頼るだけでなく、自らのスキルアップを自らの手で行っていかなければならない。

 私は蛋白質核酸酵素2005年2月号に「右手に資格,左手にチャレンジ」という文章を書いた。賛否両論あったというが、私がいいたかったのは、自分で自分の道を切り開いてほしい、ということだ。なお、この文章の原案は、2004年11月29日号のメールマガジンの編集後記である。以下に転載する。

【右手に資格、左手にチャレンジ】
■サッカーの中田英寿選手が税理士の資格を取ろうといていることは有名な話です。

■中田選手にとって、サッカーはあくまでキャリアの一部であって、サッカー選手として成功することが全てではないそうです。

■キャリアが終わった後の人生を見通して、税理士という資格を目指しながら、サッカーというリスクの高いチャレンジをするという彼一流の考え方は、わたくし達にも示唆的です。詳しくは以下参照。

組織に頼らず生きる―人生を切り拓く7つのキーワード
小杉 俊哉, 神山 典士 (著) 平凡社 価格: ¥798 (税込)
http //www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4582852505/nposciencecom-22

■研究者という職業も、事情は大きく異なるものの、とくに基礎科学分野では、成功する確率が少ない職業と考えることができるかも知れません。

■しかし、研究者予備軍である大学院生が、成功の確率をシビアに見つめ、将来を見通して人生設計をしているか、というと、どうも心もとないように思います。

■教授や周囲からの甘い誘いに応じて、自分の能力を深く省みることなく、きっとうまくいくだろうと希望的観測で大学院に進学して、ポストドクターまではいくものの、大きな成果を得られることなく、きっと今年ことは大きな成果を、と思いながら年齢ばかり消費し、他の社会でやっていくことのできるスキルもないまま路頭に迷う…

■これは決してホラ話ではありません。皆さんの周囲にも、そろそろこのような話が聞かれてきていることでしょう。

■教授は成功者ですから、研究が上手くいかずどうしようもなくなった、という経験に乏しいでしょう(もちろん、大なり小なり失敗や挫折はあるでしょうが、結局は成功しているわけです)。

■だから、彼らは今は余計なことを考えず、研究に専念せよ、と言うに決まっています。なぜなら、それで成功したのですから、それ以外のアドバイスはできないのです。

■しかし、成功が努力の量だけに依存していないのは事実です。努力や犠牲を払って研究しなければ成功はしませんが、努力したからと言って成功できるとは限りません。運、能力など様々な要素が絡み合って成功が生まれるわけです。

■研究者として成功できなかった(ここでは何をもって成功とするかは置いておきます)としても、誰も保証してくれません。

■結局のところ、自分のキャリアを作るのは自分なのであり、一人ひとりがリスクをどのように捉えてチャレンジをするのかを考えていかなければならないのです。

■リスクを承知の上で、全てを研究に捧げるというのであれば、例え失敗しても納得がいくでしょう。それも一つの選択ですし、資格や様々なスキルの習得を目指すのも一つの選択です。

■とは言うものの、全てを自己責任に帰してしまう訳にはいきません。スポーツなら成功が僅かな確率であることを知ってチャレンジできますが、研究の場合、そのあたりのことが見えてきません。甘い言葉で学生を誘っておきながら、うまくいかなくても自分で考えろ、で放り出すのは、きつい言葉ですが詐欺に近いと言わざるを得ません。

■しかも在学中は研究のみに専念させ、私生活さえ縛り他のことは禁止して、スキルの習得や他の可能性の検索もできないような状況におかせたとするならば、使えない「余剰博士」ばかり産生されてしまいます。もちろん研究を通して身につく能力というのはあると思いますが、本来ならテクニシャンがやるべき雑用まで院生の仕事となり、しかも非常に狭い領域での成果を求められる今の大学院教育では、社会に通用する能力が養成されるか疑問です。

■現役の学生、研究者には、隙間時間を使いスキルを身につけるしたたかさを、大学当局や指導教官には、学生や部下が研究以外の領域へ進出するのが当たり前という社会情勢の認識を身につけることを求めたいと思います。

■以前にもご紹介しましたが、Jリーグは「キャリアサポートセンター」
http://www.j-league.or.jp/csc/index.html

を設置し、セカンドキャリアの支援をしています。

■科学コミュニティーは、大学院教育を自らの後継者養成に限定せず、社会に必要な科学的知識、思考法を身につけた人材を送りだす、という意味があることを自覚し、研究者の多彩なキャリア支援を真剣に考えていく必要があるのではないでしょうか。


 以上、ちょっと散漫になったが、まとめる。私は、ポスドクに対する支援事業をするとするならば、以下のような点が重要ではないかと思っている。マッチングといった既に出されているアイディアはここでは述べない。

1)多彩なキャリアパスに進出した人の具体例を見出す
 ロールモデル、メンターとして、具体例を紹介する。これにより、ポスドク経験者の能力のおおよそのイメージがつかめる。

2)ポスドクに付加価値を
 ライティングスキルを中心に、ポスドクが社会でやっていけるための手助けをする。

3)ポスドクの意識改革を
 当事者意識をもって、積極的に動いてほしい。

3)キャリアアドバイス情報の必要性
 natureにはnature jobs、scienceにはscience careerという、ポスドク、研究者向けの就職情報ページがある。ロールモデル情報も出ているし、キャリアを開拓するためのアドバイスも掲載されている。日本版キャリアサイトが必要のように思っている。本を出すのも重要だと思っている。私たちサイコムジャパンが今年出版する「大学院進学ガイド」も、キャリア情報提示の一例だ。こうした情報を提示することで、ポスドク自身はもちろんのこと、企業や社会の考えを変えることができるかもしれない。

 文部科学省ポスドク支援では、ホームページは無駄と判断されたので、こうした情報サイトはビジネスとしてやるべきかも知れない。


 以上のようなアイディアをもとに、私としても何らかの行動を起こしたいと思っている。
 

 この記事を書き終わったら、こんな情報を見つけた。

 世の中は動き出している。
阪大青い銀杏の会 理系キャリアセミナーIII

■博士・ポスドク多様なキャリア一挙講演
司会 兼松泰男(先端科学イノベーションセンターVBL部門 教授)

第1部 =博士のキャリア・現在とこれから=
座長 福崎英一郎(大阪大学工学研究科 助教授)
13:05〜13:50
  「博士のキャリア -アメリカの現在、日本のこれから、日米徹底比較-
   〜アメリカでのバイオベンチャー設立・起業談〜」
   キャリアモデル(1)・バイオベンチャー経営者
   桝本博之氏 (B-Bridge International,Inc. CEO&President/COO)
13:50〜14:25
   キャリアモデル(2)・バイオベンチャー開発責任者
   中島俊洋氏 (ジェノミディア株式会社 取締役CTO)
14:25〜15:00
   キャリアモデル(3)・技術コーディネータ
   坂田恒昭氏 (大阪大学サイバーメディアセンター 客員教授

第2部 =研究開発資金調達制度、活用方法、評価ポイントについて=
15:20〜15:55
   キャリアモデル(4)・技術評価専門家
   西村伸氏 ((独)科学技術振興機構 科学技術振興調整費研究領域主管)
15:55〜16:30
   キャリアモデル(5)・キャピタリスト
   鵜飼康史氏 (日本ベンチャーキャピタル株式会社 課長)

第3部 =双方向テーブルディスカッション=
16:30〜18:00
   6つのテーブルに分かれて講師を囲んで双方向ディスカッションの場を設けます。     
18:00
   閉会