4月16日の笹井芳樹博士の会見をきっかけに、論文の著者、オーサーシップとは何かを考えています。
藤田保健衛生大学の宮川剛教授とTwitterでしたり、その他多くの方々のご意見などを伺うことで、オーサーシップの問題点を理解しつつあります。
論文の著者については、すでに考察していますが(問われるのは論文のオーサーシップ http://d.hatena.ne.jp/scicom/20140401/p1)、ここで笹井氏会見をふまえ考えてみます。
研究プロジェクトにおける段階、(1)着想や企画(2)実験の実施(3)実験データの解析と図表の作成(4)論文書き上げに関して、以下のように述べています。
通常の論文ではこれらが一つの研究室で行われることが多いのですが、今回の論文は複雑な構成となっていました。第1段階は、ハーバード大学および、若山研究所の担当でした。第2段階の実験の実施のほとんどは若山研究室で、これは論文に含まれる80実験パネルのうちの75が、当時、客員研究員だった小保方さんと若山さんを中心に行ったものです。第3段階も若山研で、小保方さんにより行われました
http://sankei.jp.msn.com/science/news/140416/scn14041617460004-n1.htm
私が参加したのはその後の第4段階。論文の書き上げの段階です。今回、問題の中心になっているアーティクル論文については、私が参加する以前に、小保方さんと若山さんにより一度書かれており、2012年春にネイチャー誌に一度投稿されていました。しかし、厳しいレビュアーとともに却下された経緯があります。したがって、私の今回の役割は、論文文章の書き直しの協力でした。それを行うために、複数の図表を組み合わせて作るフィギュアにも協力しました
http://sankei.jp.msn.com/science/news/140416/scn14041617460004-n2.htm
具体的には2012年12月下旬より、論文原稿の書き直しの協力を開始し、約2カ月半後の3月に、小保方さんがユニットリーダーになりましたが、直後の3月10日に、ネイチャーに投稿しました。そのときまで書き上げの支援の協力を続けました。その間、若山さんは、山梨大への移転のため、忙殺されていました。そこで、若山さんの分も含めて積極的に協力しました。また投稿前の2月前後には、STAP現象の試験管内の評価に関する実験技術の指導も行いました。さらに論文の改訂作業、リバイスといいますが、2013年4月上旬から小保方ユニットリーダーを中心に行われましたが、追加実験や技術指導も参加しました
私はセンター長の依頼で執筆のアドバイザーとして協力をしていたつもりでしたので、当初は著者には加わらずに、協力指導のみにしていた。しかし、途中よりバカンティ教授より、強い要請を受け、著者に加わることになりました。バカンティ教授はラストオーサーであり責任著者でもあります。また、レター論文については投稿時には責任著者ではなく一共著者として加わりましたが、2013年9月の改訂論文の投稿直前に、若山さんから『責任著者に加わってほしい』という強い依頼を受け、3人目の責任著者として加わることにしました
http://sankei.jp.msn.com/science/news/140416/scn14041617460004-n2.htm
ここで、問題になっているnatureの論文を振り返ってみたいと思います。
まずArticle
外界刺激が誘導する体細胞から多能性細胞への運命転換
http://www.nature.com/nature/journal/v505/n7485/abs/nature12968_ja.html
Haruko Obokata, Teruhiko Wakayama, Yoshiki Sasai, Koji Kojima, Martin P. Vacanti, Hitoshi Niwa, Masayuki Yamato& Charles A. Vacanti
「Affiliations」(所属)をみてみます。
Laboratory for Tissue Engineering and Regenerative Medicine, Brigham and Women’s Hospital, Harvard Medical School
Haruko Obokata, Koji Kojima, Martin P. Vacanti & Charles A. Vacanti
Laboratory for Cellular Reprogramming, RIKEN Center for Developmental biology
Haruko Obokata
Laboratory for Genomic Reprogramming, RIKEN Center for Developmental biology
Haruko Obokata & Teruhiko Wakayama
Laboratory for Organogenesis and Neurogenesis, RIKEN Center for Developmental biology
Yoshiki Sasai
Department of Pathology, Irwin Army Community Hospital
Martin P. Vacanti
Laboratory for Pluripotent Stem Cell Studies, RIKEN Center for Developmental biology
Hitoshi Niwa
Institute of Advanced Biomedical Engineering and Science, Tokyo Women’s Medical University
Masayuki Yamato
Teruhiko Wakayamaの現所属はFaculty of Life and Environmental Sciences, University of Yamanashi
「Contributions」(貢献)は
H.O. and Y.S. wrote the manuscript. H.O., T.W. and Y.S. performed experiments, and K.K. assisted with H.O.’s transplantation experiments. H.O., T.W., Y.S., H.N. and C.A.V. designed the project. M.P.V. and M.Y. helped with the design and evaluation of the project.
「Corresponding authors」(責任著者)は
Haruko Obokata or Charles A. Vacanti
Haruko Obokataさんは、この研究をすすめている間にハーバード大マサチューセッツ総合病院と理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター(理研CDB)の2つの研究室、計3つの研究室に所属しており、この論文を書き、実験を行い、実験計画をたて、責任著者である。
Yoshiki Sasaiさんは理研CDBの研究室に所属しており(Haruko Obokataさんとは別)、論文を書き、実験を行い、研究プロジェクトのデザインをした。
Charles A. Vacantiさんはハーバード大マサチューセッツ総合病院に所属し、研究計画を立て、責任著者であった。
著者にならないのに論文の書き直しのかなりの作業を行うなんてできません。Charles A. Vacantiさんが笹井博士に著者になるように要請したのは当然とも言えます。
ただ、(1)着想や企画(2)実験の実施(3)実験データの解析と図表の作成(4)論文書き上げの第4段階のみに参加したという笹井博士のコメントと矛盾します
一方Letter
細胞:多能性を獲得した再プログラム化細胞における二方向性の発生能
http://www.nature.com/nature/journal/v505/n7485/fp/nature12969_ja.html
著者は
Haruko Obokata, Yoshiki Sasai, Hitoshi Niwa, Mitsutaka Kadota, Munazah Andrabi, Nozomu Takata, Mikiko Tokoro, Yukari Terashita, Shigenobu Yonemura, Charles A. Vacanti & Teruhiko Wakayama
「Affiliations」(所属)
Laboratory for Cellular Reprogramming, RIKEN Center for Developmental Biology
Haruko Obokata & Yukari Terashita
Laboratory for Genomic Reprogramming, RIKEN Center for Developmental Biology
Haruko Obokata, Mikiko Tokoro, Yukari Terashita & Teruhiko Wakayama
Laboratory for Tissue Engineering and Regenerative Medicine, Brigham and Women’s Hospital, Harvard Medical School, Boston
Haruko Obokata & Charles A. Vacanti
Laboratory for Organogenesis and Neurogenesis, RIKEN Center for Developmental Biology
Yoshiki Sasai & Nozomu Takata
Laboratory for Pluripotent Stem Cell Studies, RIKEN Center for Developmental Biology
Hitoshi Niwa
Genome Resource and Analysis Unit, RIKEN Center for Developmental Biology
Mitsutaka Kadota & Munazah Andrabi
Electron Microscopy Laboratory, RIKEN Center for Developmental Biology
Shigenobu Yonemura
Faculty of Life and Environmental Sciences, University of Yamanashi, Yamanashi 400-8510, Japan
Teruhiko Wakayama
「Contributions」(貢献)は
H.O. and Y.S. wrote the manuscript. H.O., Y.S., M.K., M.A., N.T., S.Y. and T.W. performed experiments, and M.T. and Y.T. assisted with H.O.’s experiments. H.O., Y.S., H.N., C.A.V. and T.W. designed the project.
「Corresponding authors」(責任著者)は
Correspondence to: Haruko Obokata or Teruhiko Wakayama or Yoshiki Sasai
この研究において笹井博士の役割は、論文執筆と実験を実際に行い、この研究プロジェクトの企画を立てたとされています。(1)着想や企画(2)実験の実施(3)実験データの解析と図表の作成(4)論文書き上げの第4段階を中心に、一部実験に参加したという笹井博士のコメントと一部矛盾します。
若山博士から責任著者という重要な役割を「贈られた」というようにみえてしまいます。だから、これが「ギフト」だったのではないか、という疑問が生じたのです。研究をデザインした、という主体性が感じられないのです。これで責任著者でいいのか、どう責任取るんだ、と思ってしまいました。
ただ、宮川博士との議論でも明らかになったように、研究が高度化、複雑化するなかで、研究室間のコラボレーションが当たり前になった昨今、責任著者がすべてのデータをみて、すべての責任を負うのは困難な現実があります。
つまり、誰も研究の全体を完全に見渡せる人がいない、つまり中心がないまま、論文が作成され、投稿されているということになります。
中心が真空の研究プロジェクトに、捏造や不正を行う人が入り込んだら、防ぎようがないという構造があるわけです。
つまり、今回のような問題は、今後も起こりうるということになります。
ではどうするか。
責任著者という形で、全責任を少数の人に負わせるのではなく、責任を分割するしかないのかなと思います。もちろん、責任が分割されただけでなく、論文発表によって生じる栄誉も分割する必要があるでしょう。筆頭著者(+責任著者) takes allみたいな栄誉の分配もあらためる必要があります。
貢献を数値化する、あるいは誰が何をやったか明記するといった方法が考えられますが、まだ考えがまとまっていません。日本だけの問題でもないので、解決は難しいかもしれません。
不正を行う人が入り込んだら防ぎようがない、という現実をふまえ、大学院等での教育、チェック、採用の段階での審査体制をどうするか、ということを考えないといけないでしょう。アニリール・セルカン氏の事件のように、いったんこういう人が研究の世界に入り込むと、被害は甚大です。
そして、事前に論文不正を防ぐ手立てが限られているとしたら、事後に対処せざるをえません。
厳罰がよいか、というのは難しい問題ですが、不正を行った研究者が制裁されなけれなりません。そうでないとモラルハザードが起きます。
公的機関やファンディングエージェンシーにおける制裁ももちろんですが、審査に時間がかかるなど、限界もあります。
研究者の評判、評価のようなものが可視化できればいいのかもしれません。今回の事件で、匿名ウェブサイトがいわば「ソーシャル査読」を行ったわけですが、不正を行えば暴かれ、また、評判はずっとついてまわる、ということが広く知られるようになりました。これは抑止力にもなります。
ともあれ、今回の問題が明らかにした、研究の構造問題への対応は、今後科学コミュニティが真剣に考えていかなければならない問題です。
不正のない健全な科学は理想です。もしかしてとても到達できない見果てぬ夢かもしれません。それでも、一歩でもそれに近づく努力は続けていかなければなりません。