ふとみた新聞のほんの小さな記事だったが、衝撃は大きかった。
日本の製造業では、専門知識を学んだ理系の修士課程修了者を待遇面で優遇するのが一般的。だが同社は入社後に触れる知識が実際の開発、製造現場でより有効と判断。
工学系の修士課程に付加価値は乏しい、とコマツは判断したということか。短い記事だが、いろいろなことを考えさせられる。
工学の修士教育の質や内容が、企業の現場にすぐに役立つものではなかったということ。
工学系の修士に進学する人材の質に疑問がもたれているということ。
日本の製造業の現場が、まだまだ「現場知」が有効であり、なるべく早く企業内のやり方に触れさせたほうが得だということ。
学部生を早期に囲い込み、汎用性に乏しい企業内ルールを身につけることにより、中国などへの人材流出を防ごうとしているのではないか、ということ。
コマツには社会教育をしっかり行うだけの体制がととのっているのか、ということ。
これに続く企業はあらわれるのか、ということ。
修士課程の学生の選抜(修士一年で就職活動をする)がよいのか、ということ。
もちろん、あくまで一社のことだし、分野にもよるだろうが、企業就職を考える場合、修士に進学することに金銭的なインセンティブは乏しいという印象をあたえる記事だった。短い記事であり、これだけで判断するのは時期早々なので、あくまで印象ではあるが。
Twitterでつぶやいてみたが、当然という声も多かった。
こういう声も含め、大学院とはいったい何なのか、考えさせられてしまう。
先ごろ、文科省の中央教育審議会から「グローバル化社会の大学院教育〜世界の多様な分野で大学院修了者が活躍するために〜答申」が発表された。これに対し、いろいろな意見が飛び交ったが、そうこうしているうちに、企業側から大学院教育にイエローカードが付きつけられたかっこうだ。
大学院は特定の企業に役立つ人材を育成するための機関ではない。とくに修士課程だと、研究者、技術者、教育者など、選択肢は多様なはずだ。大学院で職業教育のようなことをすることに否定的な声は大きい。
しかし、社会からの評価を無視することはできない。評価されていないとしたら、何が問題か、考えないといけない。
私達はこれまで、博士課程の就職問題を考え続けていたが、修士にまで問題が及んだと考えると、大学院改革は待ったなしと言わざるを得ないのではないか。