科学・政策と社会ニュースクリップ

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新卒主義とポスドク問題

 先週日本学術会議が公表した資料が、ウェブ上も含め話題になっている。

回答「大学教育の分野別質保証の在り方について」

 なぜ「回答」なのかというと、これは文部科学省日本学術会議に意見を依頼したからだ。

学協会等における主体的な取組を促進するとともに、大学の自己点検・評価又は第三者評価等の評価活動の充実を図る観点から、学術に関する各分野の有識者で構成されている貴会議において、学位の水準の維持・向上など大学教育の分野別質保証の在り方について御審議の上、有意義な御意見を頂戴いたしたく

 との文面の依頼書が送られ、検討の結果、今回その回答が公表された。

 この回答は三部構成になっている。

 第一部は分野別の質保証の枠組みについて。第二部は学士課程の教養教育の在り方について。そして第三部が大学と職業との接続の在り方についてだ。

 報道では、第三部に書かれた、大学卒業後3年目までは新卒として扱えという部分が強調されている。

p60
「卒業後最低3年間は、若年既卒者に対しても新卒一括採用の門戸が開かれること」

 100ページに及ぶ資料を、その部分だけでとらえるのは問題があるが、示唆に富む部分であるので、とりあげてみたい。

 回答中、大学と職業の接続についての課題が述べられている。大学教育の問題点とともに強調されているのが、日本型雇用の問題だ。

p43

日本の雇用は、大別すれば、正規雇用者を中心とし、長期安定雇用、年功的処遇、能力開発主義、企業内労使協調主義を特徴とするいわゆる「日本的雇用システム」と、その外部に広がる非正規雇用者を中心とする周辺システムから成立してきた。日本的雇用システムは、かつての高度経済成長期を通じて形成されたものであり、恒常的な人手不足を背景として、企業に優秀な人材を囲い込む上で、重要な役割を果してきた。そこでは、長期雇用を前提とした手厚い企業内訓練が広く行われており、新規の採用者に求められたのは、(1)で述べた「訓練可能性」や、積極性や協調性などの資質であり、専門性に根差した実践的な職業能力は重視されてこなかった。

しかし平成3年のバブル経済の崩壊後、経済の停滞が続き、グローバリゼーションの下での競争圧力が強まる中で、以前のような長期雇用と年功賃金を保障した正規雇用を維持することは、多くの企業にとって負担となる。このため、非正規雇用に対する規制緩和がなされ、正規雇用を縮小して、非正規雇用を増大させる傾向が顕著となるが、その際に最も柔軟な運用が可能な「雇用の調整弁」とされたのが若者の新卒採用であった。また、長期雇用と年功賃金に基づく人事体系の変更は、正規雇用の働き方をも過酷なものにするとともに、それらを前提として行われてきた企業内教育訓練の在り方にも揺らぎをもたらしている。

p44

大学教育の職業的意義を高めることにより、従来の大学と職業との接続の在り方を改善したとしても、雇用の在り方が現状のままであれば、多くの者がディーセントワークに従事する機会からこぼれおちていくことになる。

p59

大学を卒業して直ちに正社員に採用されなければ、その後に正社員となる可能性は非常に狭いものとなるが、このことと、正社員ではない非正規雇用の職においては、多くの場合、自らの労働の価値と生活水準を高めていく可能性が狭く閉ざされたものであることとが相俟って、卒業時に正社員に就職できなかった若者の問題を深刻なものにしている。

 引用が長くなったが、長期雇用(いわゆる終身雇用)と年功賃金(年功序列)で成り立っていた「日本型雇用」は、経済の停滞とともに維持できなくなり、若手の新卒採用を絞った。

 しかも、いったん正社員となれなければ、非正規雇用をずっと続けるしかなく、スキルアップもない。

 これでは、大学が教育を改善したところで、問題は解決しないというのである。

 そこで出てきたのが、新卒後3年は新卒一括採用に加われるという制度の提案だった。

 これはあくまで学士卒業者の就職問題の話だが、博士号取得者やポスドクが社会で活躍する場が限られているという問題にも共通するのではないか。

 博士号取得は最短でも27歳前後。学部卒業から3年どころか5年もたっている。まずは新卒枠での就職はない。技術系だと修士が基準だろうが、いずれにせよ、博士になるというのは、単純に考えたら、非正規雇用になるのと同じ扱いだ。

 年功序列の賃金体系では、たとえば35歳である会社に入ろうとしても、35歳の給料を払わなければならない。しかし、その会社では新人だ。35歳基準の「高給」でありながら、22歳の新人と同じ仕事しかできないとしたら、それは「お買い損」だ。当然22歳を優先して採用するだろう。

 また、長期雇用だから、22歳で入社した社員が35歳のときには、すでに13年の経験がある。様々な部門を経験し、すでに何らかの役職に就いているかもしれない。そんな35歳と、ポスドクを経て新入社員として入社した35歳では、仕事内容が比較にならない。そんな35歳同士が同じ給料では、会社としてはとても雇えない。

 つまり、35歳のポスドクは、22歳の新人と、35歳の中堅社員の両方から比較されることになり、雇用されることはまずないだろう。

 もちろん、企業も様々であり、技術系のメーカー等を中心に、博士を雇用するところはある。ただ、多くの企業が博士やポスドクを採用したことがない、という現実は、こうした終身雇用や年功序列が影響を与えているのではないか。

 8月29日に開催された「科学・技術ミーティング in 高松」でも、同様の指摘があった。ポスドクも含め、研究業界だけが流動化しても、それ以外が流動化していないのだから、ポスドクの行き先が限られるのは当然、終身雇用などの社会の在り方を変えないと問題は解決しないのではないか…

 日本学術会議は、専門性を重視した職業上の知識・技能に応じて正規雇用非正規雇用間で均衡した処遇がなされる労働市場、必要に応じて何度でも学び直せるリカレント学習の拡大といった解決策を提案している(p62)。これは、博士、ポスドクのキャリアにとっても必要だと思う。

 学卒者も含めてだが、人材を活用しないのはもったいない。とくに博士やポスドクは、学卒以上に多額の国費が投入されて育成された人材だ。投入された国費以上の活躍をしてもらわないと、納税者として納得がいかない。

  新卒主義があぶり出すのは、人の能力を引き出せない社会の構造だ。

 博士やポスドクの能力を使いこなせないというのは、学卒者や非正規雇用の労働者が苦しんでいることと同根の問題なのだ。

 博士の資質や自己責任だけではなく(その問題がないとはいわないが)、雇用環境という視点からも議論が進むことを期待したい。