5号館のつぶやき「ブログでバイオ 第29回 「博士と自己責任論」で述べられた研究者の過剰に対し、ブログでバイオ 第30回 「今の博士、これからの博士に求められるもの」で、研究者は不足しているという反論がでています。私も講演などで研究者の需要と供給に関する話をしますので、ここにまとめてみます。
図は、文部科学省の人材委員会の多様化する若手研究人材のキャリアパスについて(検討の整理)からとってきたものです。元はこちら。要は、需要と供給のミスマッチが起きており、研究者不足に陥る可能性もあるということです。
人材が不足しているのにも関わらず、企業は博士やポスドクの採用に積極的ではありません(たとえば民間企業の研究活動に関する調査報告(平成17年度) )。最近のニュースでは、中国で人材育成をする企業が多くなっているようです。
こうしたミスマッチがどうしておきているのでしょうか。いくつかの言説をひろってみます。
東大先端研の澤らは、民間企業のポスドク評価として以下のようなものをあげています(参考文献は末尾に)。
まず、研究観やマインドの相違です。ポスドクは「長期的視野での探索的基礎研究や自分の専門分野へのこだわり強すぎる」「研究観やマインドの修正に手間がかかる」として、即戦力として使えないと思われています。
また、ポスドクを受け入れる環境がないのが現状だといいます。それは、中央研究所の縮小、研究指導システムが用意されていない、人事異動などの処遇にこまるといったことだそうです。
こうした状況の中、ポスドクに対する先入観が生まれているといいます。それは以下のようなものです。
- 「でもしか」タイプが多い
- アカデミアでやっていけないから
- 説明能力の欠如(専門外の人に対して)
- 柔軟性や適応性に難がある
- 忍耐力が欠如している
- 視野が狭い
- 専門分野に固執
ニューズウィークの2006年6月7日号の特集「学歴難民クライシス」では、以下のような指摘がされていました。
- 企業が知りたいのは、研究を通して見えてくる取り組み姿勢や思考能力。それをはき違えて自分の研究内容を詳細にアピールされても「いちいち理解できないし、鼻につくだけ」
- 企業側に言わせれば、日本の高学歴者は使えない。日本経団連が03年に124社を対象に行ったアンケート調査では、2割の企業が技術系で採用した博士に不満と回答した。最大の理由は、狭い専門分野の仕事しかできないことだ。「大学が、社会のニーズに合った教育をできていないのも問題だ」と、慶応大学商学部の樋口美雄教授(労働経済学)は言う。
- 国の無責任な政策が高学歴難民予備軍を増やした面がある。
- 短期的には、学生側が考えを改める以外の特効薬はない。
また、「科学」2006年6月号で後藤は、企業が博士号取得者の採用に積極的でない理由に以下のようなものをあげています。
日本の大企業が近年までは、文章や図式とった形でコード化することが困難な暗黙知を共有し、生産や販売の現場の知識を共有することを通じて強い競争力を生み出してきた
このような志向性のもとでは、社内の教育と経験が極めて重要だからである。
しかし後藤はこうも言っています。
産業界においても、技術開発においては暗黙知や擦りあわせに加えて、高度な科学的知識の重要性が増大しており、潜在的にはそのような知識を身につけた人材への需要は増えているはずである。
理工系の高度な人材の需要調整には、博士号を取得する過程での環境、教育が重要であるように思われる。博士課程において、米国でいわれるような能力を身につけることができれば、本人にとっても、雇用する側にとっても大きなプラスとなるであろう。
科学技術政策研究所の報告書では、企業が欲している能力は以下のようなものだと指摘されています。
- 高度な専門能力(課題設定能力、テーマへの対応能力)
- コミュニケーション力
- マネジメント力
すなわち、これらは研究リーダーとして必要な能力です。
アメリカの大学院では、PhD資格試験におけるプロポーザルにてこの能力を身につけているそうです(菅)。
このプロポーザルでは以下のようなことが求められています。
- 自分の研究テーマから出来る限りはなれたテーマで
- 独自性の高い研究構想
- それを論理的に書く
- 審査員の批評に対し答弁し、アイディアを防衛
こうしたことを考えると、大学院のカリキュラムで、研究リーダーとしての能力が身につくようにするか、あるいは個人でそうした能力を身につけるように意識して日常を過ごすかが解決策として考えられると思います。
以上簡単ではありますが、まとめてみました。
参考文献
- 作者: 北垣郁雄,赤堀侃司
- 出版社/メーカー: ミネルヴァ書房
- 発売日: 2007/04
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切磋琢磨するアメリカの科学者たち―米国アカデミアと競争的資金の申請・審査の全貌
- 作者: 菅裕明
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