科学・政策と社会ニュースクリップ

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ポスドク問題を考える〜歴史的背景

 5号館のつぶやきさんのエントリー、労働問題としてのポスドク問題を読んで、一度きちんと資料なり何なりをまとめないといけないなと思い書いてみます。

 先日、日本物理学会から依頼を受けて、ポスドク問題に関する原稿を書きました。

 その際、ポスドク問題の歴史的背景を、資料を読み解きながら調べました。その文献も紹介しつつ、ここに簡単にまとめます。

 1960年代、高度経済成長を支える理工系人材の増員が叫ばれるようになり、理工系の大学院の定員が物理を中心に増やされました。

 しかし、1970年代後半から80年代前半になると、増えた分だけの就職先が確保できなくなりました。

 これがいわゆるオーバードクター問題です。

 オーバードクター問題やこの時代の研究者の需要と供給などを扱った本は以下。

オーバードクター問題―学術体制への警告

オーバードクター問題―学術体制への警告

大学院教育の研究

大学院教育の研究

日本の研究者養成

日本の研究者養成

 いったんオーバードクター問題は解決します。それは、中央研究所の拡大などによる企業の積極的採用姿勢、第二次ベビーブーム世代の大学入学に伴う大学教員の採用増、バブルの好景気等が原因だといわれます。1994年が原著の発行年である「大学院教育の研究」では、オーバードクター問題は過去のもの、という記述も登場します。

 理工系の製造業離れなども指摘され、産業界からは「大学は研究しなくてもよろしい、人材育成だけしていればよい」という声さえ聞かれるようになります。

 こうした状況は、1990年代の初期まで続きました。

 しかし、状況は変化します。1980年代、アメリカから「基礎研究ただ乗り論」が日本に対して突きつけられます。

 アメリカをはじめとする諸外国の研究成果を使って製品化し、それで儲けているという批判です。こうした状況を改善するため、アメリカは日本に二つのことを要求しています。一つは政府の研究投資の増額、もう一つは、博士号取得者の増員です。

 なぜ博士号取得者の増員が要求されたかというと、アメリカからやってきた博士が日本で適正な処遇をうけたりするには、アメリカと同じように博士が優遇をされないといけないからです。

 これを人材のハーモナイゼーションと呼びます。ちょっと分かりにくいですが…

 このあたりのことは以下の本など、中山茂先生の本が参考になります。

科学技術の国際競争力 (朝日選書793)

科学技術の国際競争力 (朝日選書793)

 これと同時に、当時、「大学貧乏物語」が盛んに言われました。東大理学部でワンカップ大関で実験している、というあれです。産経新聞の連載は非常に反響を呼びました。

理工教育を問う―テクノ立国が危うい (新潮文庫)

理工教育を問う―テクノ立国が危うい (新潮文庫)

 この時代、大学関係者はこうした状況を打破するために、大学院重点化を考えたのだといいます。大学院大学化することによって、基盤校費が増額することを狙ったということでしょうか。

★2007年8月12日追記:以下にすこし詳しく書きました。
http://d.hatena.ne.jp/scicom/20070811/p1

 いずれにせよ、内外の思惑が一致し、旧帝大から大学院重点化がはじまり、大学院生の数が増えていきます。

 また、この時期、科学技術基本法が制定されました。加藤紘一氏、尾身幸次氏をはじめとする議員が画策し、議員立法として成立したのが1995年。翌年からは第一期科学技術基本計画がスタートしました。

 このいきさつは例えば以下。

新しき日本のかたち

新しき日本のかたち

科学技術立国論―科学技術基本法解説

科学技術立国論―科学技術基本法解説

 第一期基本計画には、悪名高い「ポストドクター等一万人計画」が盛り込まれました。加藤紘一氏の本には、導入のいきさつが説明されています。

 しかし、はやくもこの時期から、将来博士号取得者が供給過剰になることが指摘されています。

 先に挙げた「日本の研究者養成」は1996年出版の本ですが、オーバードクター問題の再燃が既に懸念されていました。

 また、1998年に開催された文部省(当時)の大学審議会の資料には、以下のようなことが書かれています。

進学者がどれ程となるか、修了者を雇用しようとする需要がどれ程あるかの2種類の推計を行ってきたが、その結果を突き合わせてみる。
修士課程では、進学動向をもとにすると2010年の修士修了者は75,000人から77,000人程度となる。一方、雇用機会は73,000人から80,000人の間でほぼつりあう結果となる。
博士課程では、雇用機会が12,000人から13,000人であるのに対し、現在の進学動向からすると、博士の修了者は18,000人前後となり供給過剰となるという結果である。
分野別に見ると、修士課程では理工農系で供給不足、人文社会系ではトントン。博士課程では理工系、文科系ともに供給過剰になる。博士課程の供給過剰はつまるところ大学・短大の教員市場が拡大しないことに起因している。従来通りの進路をめざしている限り供給過剰に陥る危険性があるということである。
これまでの推計をもとに2010年における大学院在学者数を試算してみると、進学動向に基づく推計ではおよそ250,000人。修了者の雇用機会に基づく推計ではおよそ220,000人から240,000万人になるという結果である。

 こうした指摘もむなしく、ポスドク1万人計画は2000年には目標を達成し、今は1万5千人に達しています(参考:大学・公的研究機関等におけるポストドクター等の雇用状況調査 ― 平成18年度調査 ―)。

 もちろん、上の指摘のあと、政府が完全な無策であったわけではなく、上の指摘をした小林信一・筑波大教授を中心とした研究グループは、科学技術振興調整費で政策提言「研究者のノンアカデミック・キャリアパス」を実施しました。これを受けて、文部科学省科学技術・学術審議会、人材委員会が、多様化する若手研究人材のキャリアパスについて(検討の整理)という文章を出しています。

 これらを受けて、現在、科学技術関係人材のキャリアパス多様化促進事業などが行われています。

 しかし、これだけでは問題解決につながっていないのが現状で、昨今ブログやマスコミなどにも取り上げられているわけです。

 これからどうしていけばよいか、難しい問題ですが、今回はとりあえず問題指摘にとどめておきます。

 以下その他の参考資料です。順不同。