科学・政策と社会ニュースクリップ

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科学技術に関するマニフェスト、感想

【科学技術マニフェストを読んでみた】榎木英介
民主党マニフェストも出揃い、ようやく各党のマニフェストが出揃った。予告どおりマニフェストを評価してみたいと思う。

■しかし、マニフェストの評価を客観的に行うのは難しい。評価において定評のある言論NPO1)などのように、きっちりとした評価手法を持たない私たちとしては、どうしても感想のようなものになってしまう。

■しかし、それでもあえてマニフェストを読み解いてみたい。なおマニフェストは以下をご参照されたい。
http://d.hatena.ne.jp/scicom/20070706

マニフェストの評価には、現状を把握しているか、現状の原因を追究しているか、目標設定がなされているかがポイントだという指摘もあり2)、そのあたりも意識してみたい。なお、環境、農業、医療に関しては、専門のNPO等が詳しい評価をしているので、科学技術政策と高等教育政策に絞り論じたい。

イノベーション、科学技術政策
 まず最初に、科学技術政策をみてみる。イノベーション25戦略会議で、今後どのような社会を作るのか、どのような科学技術を推進していくのかが議論された直後なので、各党の未来像の競い合いが期待された。

 まず自民党だが、政権政党なので、現政権の政策が列記されている。基本的には第三期科学技術基本計画に基づき科学政策を推進していくという。第三期科学技術基本計画で決められた25兆円の政府研究開発投資は維持される。

 そのほか、国土空間データ基盤(NSDI)の形成や宇宙基本法の制定と宇宙産業の育成が新しいところだ。原子力政策と環境政策をからめている。軍事に関する言及もある。

 以上を読むと、第三期基本計画以上に応用、産業重視の姿勢を感じる。基礎研究に関しては、「研究者の自由で独創的な発想に基づく基礎科学・基礎研究や、重点目標を戦略的に設定した基礎研究を進めることにより、イノベーションの創出につなげる」と一言述べるにとどまっている。それも、イノベーションのために基礎研究が必要と言っているわけで、イノベーションには直接結びつかない基礎研究は肩身が狭いということか。

 その他、イノベーションのために理科教育を振興し、「若手・女性研究者が活躍できる環境の整備等を進める」と述べている。ただ、どのような手段を用い環境整備をしていくのかは書かれていない。

 公明党だが、非常に短いながらも、イノベーションの推進や重点四分野(環境、バイオ、情報通信、ナノテク)の推進をうたっている。独自の政策はなく、現政権の政策を追認したのにとどまる。

 民主党だが、残念ながら科学技術政策に関する言及はなかった。今回は年金問題や環境問題が争点だということだろうが、あまりに寂しい。無理やりベンチャー育成を科学技術政策としてみてみたが、政権を狙う政党が科学技術政策に関する言及を行わないのは非常に残念である。サルコジ、ロワイヤルが競ったフランス、ブッシュ、ケリーが競ったアメリカでも、ES細胞などさまざまな科学技術政策が争点となっていた。日本ではこうしたことはまだ無理ということか。

 日本共産党だが、自民党に対する対抗として、政府のトップダウンを批判し、基礎科学の推進を主張している。また、科学技術の軍事利用にも反対している。前にも述べたが、現政権のトップダウン選択と集中か、日本共産党のいうボトムアップ、基礎研究重視かは、価値観を真っ向から問う問題なので、どちらがよい、悪いという問題ではない。こういう真っ向からのぶつかり合いは、もっと行われてもよいと思う。本当ならば民主党がやってほしいところだが…願わくば、財源などをきちんと示してほしい。

 他の政党は科学技術政策に触れていない。

★高等教育政策
 科学技術政策とやや混ざるが、各党の政策をみてみたい。

 まず自民党だが、現政権の政策どおり、大学間の競争を促し、世界レベルの大学を作ると述べている。これらが21世紀COEや、国立大学の法人運営費交付金の削減などの、大学における選択と集中につながるのだろう。このマニフェスト全般に言えることだが、自民党はこうした具体的政策をマニフェストには記載していない。現在の政策をみてくれ、という方針なのだろうが、これでは政策の比較ができないので、改善してほしい。なお、「若手・女性研究者が活躍できる環境の整備等を進める」と一言触れている。具体的な政策への言及はない。

 公明党は大学など研究機関の政策に対する言及はない。自民党にお任せということか。一方で奨学金に関しては具体的に有利子の奨学金の金額を10万円から12万円に上げるという。これはどの奨学金のことを言っているのか分からないのが難点だが、数値を明記したのは評価できる。全ての学生が希望ならば奨学金を受けられるという制度は早急に設けていただきたいと思う。海外留学者派遣1万人計画は以前のマニフェストにも書かれていた。財源についての言及がほしい。

 民主党はようやく高等教育政策で独自性を出してきた。具体的な手法が書かれていないのはもう仕方ないのかもしれないが、とりあえず高等教育の無償化を漸進的に導入すると述べている。また希望者全員が限度300万円の奨学金を貸与されるという政策は注目できる。大学に関する言及は乏しい。

 日本共産党は科学技術政策と同様に詳細な言及をしている。国立大学の法人運営費交付金の削減には明確に反対を表明し、研究費は選択と集中ではなく「幅広く大学・研究機関の研究者に配分する」と述べている。これが過度になると「ばら撒き」との批判を免れ得ないが、現政権に対抗する政策を打ち出したことは評価できる。そのほか大学の学費の引き下げや無利子奨学金の拡充と返還免除枠の拡大、給費制奨学金の導入等にも言及している。株式会社大学は廃止することを主張している。

 目を引くのが、ポスドク問題に対する言及である。日本共産党は教員、研究員の増員、研究者の非正規雇用の拡大の抑制、大学院教育を充実させ、「産業界も含め広い分野で活躍できるよう」にし、「民間企業が博士号取得者を積極的に採用するような支援策をすすめ」ると述べている。教員の増員については議論のあるところだし、どのような教育が産業界に通用するのかの言及がないのが残念であるが、この問題をマニフェストに入れたことは評価したい。

 また、女性研究者問題についても述べている。セクハラをなくす、学内保育所の充実といったことも述べており、これもまだ財源や具体策等に乏しいが、自民党の「環境の整備を進める」の一言よりは具体的だ。ポスドク問題や女性研究者問題では、日本共産党自民党の政策をある意味補足するような形になっている。

 その他の政党では、社民党が高等教育の無償化について述べ、国民新党も教育費の増額と奨学金の充実について述べている。

★総評
 以上、科学技術政策と高等教育政策のみ、簡単に評価してみた。感想程度の評価でしかないが、参考になれば幸いである。

 全般にみると、何れの政党も具体的な言及に乏しい。以前から述べているが、これをマニフェストと呼べるのか、疑問に感じなくもない。具体性に乏しい政策なら、ただのリップサービスでしかない。

 それはある程度目をつむったとして感想を述べるとすると、結局のところ科学技術政策や高等教育政策が今回の選挙の争点ではないことを痛感させられた。それは、民主党がこれらをマニフェストであまり言及しなかったことが大きい。

 今回の選挙の争点は年金問題等であり、国民の関心もそちらなのだろう。民主党はこうした重要政策に絞って具体的に言及しているのだろう。

 ただ、イノベーションも科学政策も、国民生活に密接に関わるものであり、国の将来を考えるものである。こうした価値観や将来のビジョンに関わる問題は、参議院でじっくりするほうがふさわしいように思う。そういう意味で、マニフェストに多少なりとも言及があればよかったのに、と残念に思う。イノベーション25がかかげた未来像でよいのかといったことが議論されてほしかった。そもそもイノベーションとはいったい何なのか。そういう根本的な議論もほしい。

 自民党日本共産党が科学技術政策や大学政策におけるトップダウンボトムアップでぶつかり合っているのは、価値観を競い合っているという点でよいことだと思うし、他の政党もこうしたことをやってほしい(少なくとも民主党には是非御願いしたい)。理想はサルコジ、ロワイヤル、あるいはブッシュ、ケリーの大統領選のような、Nature誌が取り上げるような政策論争だが、政治の制度も異なるので、無理な注文だろうか。

 なお両党はポスドク問題や女性研究者問題に関しては、対立というより補足といった感じであり(現在自民党政権下で女性研究者や若手研究者のキャリアパス事業が行われている)、与党の政策に補足、修正を加える野党の存在意義を感じる。選挙後に議論を深めてほしい。

 ともかく、科学技術政策に関するマニフェストがいつまでたっても争点にならないのは、科学技術政策に対する国民の関心が低いことも原因だ。政党ばかりを批判するわけにはいかない。ブログでのポスドク問題の盛り上がりを一部の関係者の間だけにとどめるのではなく、市民、国民、政治を巻き込んだ議論に発展させなければならない。

 その際、そもそもポスドクとは社会にとってどのような価値のある存在なのか、なぜポスドクを支援しなければならないのか、といった公益性の議論が求められる。今のポスドク論争にこうした公益性への言及がないのは残念だ。

 政治問題は、研究者にとっては不得意なところかもしれない。そんな暇があったら研究していろ、というのが多くの意見だろう。

 ただ、アメリカには全米科学振興協会(AAAS)憂慮する科学者同盟のように、政策、政治に言及する科学者、あるいは科学コミュニケーターが存在している。ヨーロッパにも各種の団体が存在する。

 政治をタブー視していたら、いつまでたってもブログで文句を言う域を出ない。

 今からでも遅くない。まずは今回の選挙をネタに、あれこれ言うことからはじめてほしい。

1)言論NPO
http://www.genron-npo.net/

参院選に何を問うか(前編)
小泉改革から乖離する安倍政権の本質
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20070711/129610/

参院選に何を問うか(後編)
もう先送りはできないニッポン再構築
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20070712/129665/

2)'07参議院選有識者の評価 / 「教育改革」編 岡本 薫氏(政策研究大学院大学教授)
http://www.genron-npo.net/manifesto/national_abe_interview/002530.html