科学・政策と社会ニュースクリップ

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7億円は無駄遣いか

 日経ビジネス 2005年11月14日号
http://nb.nikkeibp.co.jp/free/backnumbers/2005/20051114.shtml

の特集
「虚妄の大学発ベンチャー
民営化時代のタックスイーター」

が話題になっていた。産学連携に巨費を投じているが、果たして有効に使われているのか、という問題提起である。刺激的な内容で、たしかにこの記事を読めば「税金ドロボー」と叫びたくなる。

 その取材メモ
起業大国を目指す日本の実態
http://nb.nikkeibp.co.jp/free/note/2005/20051114.shtml

 には、産学連携だけでなく、ポスドク問題について、こんな記述がなされていた。引用させていただく。

ポスドク1万人計画」という政策があります。日本の科学技術力を向上させるため、博士号を持つ非常勤の研究者(ポスドク)を増やそうと1996年に閣議決定されました。たしかに研究者層は厚くなりましたが、急増したポスドクの行き場がありません。教授などのポストは簡単には増やせないからです。困った文部科学省は、来年度から「科学技術関係人材のキャリアパス多様化推進事業」を開始するため、7億4600万円を概算要求しました。

  研究者だけ厚遇されるのはなぜか。就職先が見つからない女子学生のため税金が投入されたという話は聞いたことがありません。博士号を取るほど優秀であれば、自分の進路は自分で切り開いてほしいものです。

 非常に重要な論点をはらんでいると思うので、ここで議論させていただく。

1)7億円は高すぎるか
 ポスドクの就職に7億円をつぎ込むことが無駄か、そうでないかを考えるには、投入した7億円以上の効果があるかどうか、ということになる。

 ポスドクが1万人強いるといわれており、その他大学院生なども含めると、この事業の対象者は2万人くらいになるだろうか。

 7億を2万で割ると、一人当たり35000円になる。果たしてこれを安いとみるか高いとみるか…

 現在のポスドク問題を、適材適所がなされていない状態と考えると、ポスドクを欲する職種(これはなにも民間企業だけではない、教育現場とか、シンクタンクとか…)にポスドクを再分配することにより、利益(何らかの形で社会にプラスになる)が出ればOKなわけだ。

 ところが、確かに中小企業などでポスドクを欲しているところがあるようだが、それほど多くはない。文部科学省が毎年出している民間企業の調査
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/17/10/05102001.htm
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/16/09/04091501.htm

によれば、ポスドクや博士号取得者を採用する企業はわずかである。

もちろん、これは「食わず嫌い」の可能性もあって、さまざまな職種で実際にポスドクを活用してみて分かることも多いかも知れない。

2)優秀なものは自力で就職先を探せるか
 自力というのが何を意味するのか分からないが、たとえば大学生の就職先を考えてみる。

 大学生は何も自力で就職先を探しているわけじゃなくて、リクナビ
http://www.rikunabi2006.com/
のようなサイトを見たり、大学の就職窓口を利用したりしている。女子大生にお金が出てないか、ということだが、大学のお金ということで間接的に税金が投入されている。

 もちろん、それは金額の問題で、女子大生の就職に一人当たり3万5千円も出ているかは不明だ。

 ともかく、リクルートのような民間企業が就職情報に参入するのは、それだけ市場があるからだろう。

 大学院生やポスドクリクナビがあるか、というと、ないわけではない。たとえばリクナビNEXT
http://rikunabi-next.yahoo.co.jp/rnc/docs/cp_s00010.jsp?__r=1
では、技術職の転職斡旋のようなことをしている。

 また、サイコムジャパンの理事でもある奥井氏のサイト「博士の生き方」
http://www.hakasenoikikata.com/
では、企業と提携して、就職情報を提供しようと試みている。

 その奥井氏が今回の7億円問題を論じているので、ご一読いただきたい。
http://www.hakasenoikikata.com/zakan051105.html

 奥井氏が指摘するように、ポスドクの就職をあっせんすることがリクルートのような企業の利益になる可能性は少ない。よって、国費で職の斡旋をすることが意味がないとはいえない。

 ともかく、大学生だって、どんなに優秀でも、まったくの自力で就職活動しているわけではない。それを考えると、研究者として優秀な人間が、自分で就職先を探しきれるのか、疑問を感じる。

 たとえば、どこかの中小企業が、ある技術を持った人間を探しているとしよう。そしてその技術を持ったポスドクがいたとしよう。もしこの両者を「自力」で結びつけようと思ったら、企業はどうすればいいだろう。

 めぼしい研究室に手紙を送ったり、会いにいったりするだろう。もちろん研究事情に詳しければ、特定の教授に斡旋を依頼するだろう。

 けれど、その技術どんぴしゃりを持った人材がいなかったらどうするのか。

 ポスドクが自分の技術を生かせる職場を探すことを考えよう。大学や研究所で学んだことなどは、企業のニーズに直接合っていない可能性は高い。その場合どうすればよいのか。日本中の企業に電話をかけたり手紙をだせばよいのか。

 というわけで、何らかの斡旋機関が存在すれば、その労力を軽減できるはずだ。研究の優秀さと、就職を探す能力は違うのである。

3)では、7億円は有効に使われるのか
 ちょっとラフな議論になってしまったが、適材適所がなされれば、7億円以上の効果がある可能性はある。

 しかし、奥井氏が指摘するように、

その昔、企業が不良債権を別会社に移して、自分の会社を財務的に綺麗に見せたように、大学や研究機関が抱えているポスドクを別の機関に移すことで、あたかもポストポスドク問題が解決したように見せることに、結果としてなってしまうのではないか

 という懸念は消えない。ポスドク不良債権化してしまうのは、ポスドクの能力が社会に有効に役立てない可能性があるからではないか。

 つまり博士やポスドクが、大学や研究機関の短期的な安い労働力として扱われているだけで、ポスドク歴や博士の学位が次のキャリアに生きていないという現実があるのではないか。

 だとしたら、7億円が無駄になる可能性は高い。

 しかし、人は環境で変わる。また、環境も人で変わる。

 7億円を企業とポスドクのマッチングだけに使ったら、上記のような懸念がある。しかし、社会のさまざまな場にポスドクを送り込むことで、ポスドクの新たな能力が目覚める可能性はある。また、ポスドクを受け入れた職場が、思ってもみなかった効果を得ることもある。

 7億円をジョブマッチングだけに使うのではなく、既存の価値観にとらわれない、もっと幅広いキャリアを視野に入れて使うことが必要なのではないか。ちょっと時間がないので、問題提起だけさせていただく。

 なお、サイコムジャパンの春日匠氏が、蛋白質核酸酵素
http://www.kyoritsu-pub.co.jp/pne/
の12月号に

「大学問題の“失われた10年”――20世紀型科学の終焉とノンアカデミック・キャリアパス

という文章を書いているので、もし可能ならばご一読いただきたい。